はじめに

 霊界物語三神系時代別活動表に続いて,この天祥地瑞神系表をデジタル化する。

霊界物語三神系時代別活動表

 霊界物語三神系時代別活動表には,他の用件もあったが,三カ月以上を要している。他の用件の合間には,この活動表から頭が離れなかった。天祥地瑞は更に困難を伴うだろう。霊界物語が予言書であることをぼくなりに発見したが,天祥地瑞はどうだろうか。まずは書誌を次に示し,ガリ版刷の資料をスキャンしたので,次にリンクを用意した。

木庭次守,1952. 天祥地瑞神系表説明書, 1952年3月10日, 52p.
Koba, Tsugimori, ed., 1952. The guidelines on the chart of the lineages of gods during the Ama no yo before the creation of heaven and earth in the “Tenshochizui”. Original scanned PDF file.

https://crescent.motochan.info/onisaburo-portfolio/Tenshochizui_shinkei_byKobaTsugimori1952.pdf

木庭次守,1952. 天祥地瑞神系表. 1952年3月10日.
The chart of the lineages of gods during the Ama no yo before the creation of heaven and earth in the “Tenshochizui”. Original scanned jpeg file.

https://crescent.motochan.info/onisaburo-portfolio/TenshochizuiShinkeihyoscan_web_byKobaTsugimori1952.jpg

 説明書冒頭の謹言を次に引用する。「謹んで白す霊界物語第一巻より第七十二巻迄は,天之御中主大神より説きおこして神素盞嗚大神の神業を述べてありますが,天祥地瑞は天之御中主大神以前の天之世(幽の幽の世界)に於ける霊界の大宇宙創造の神業を述べられたもので実に前代未聞の神典であります。約言すれば厳瑞二霊の幽の幽からの活動を示されたものであります」。これはその神系図の説明書である。

 なお,今後はデジタル化作業に入るため,デジタル化で気付いたことについては,本ページに記述する予定であるが,デジタル作業完了まで,大きな追加は無いと考えている。

Oct. 23, 2020記

 久しぶりのこのページの更新である。天祥地瑞神系表については長く放置していたが,九州の知人から当サイトの上記スキャンデータについて関心があり,デジタル化=テキストデータ化を進めているという。そのファイルを頂いて,俄然やる気が出て,一応の「天祥地瑞神系表説明書」のデジタル化が実施でき,本日,Jun. 5, 2021,次のサイトにアップした。このページの,Digitization and English translation number: No.Onisaburo_007である。
Jun. 7, 2021更新


https://crescent.motochan.info/onisaburo-1.html
 直接のダウンロードは次のリンクへ。
https://crescent.motochan.info/onisaburo-portfolio/Tenshochizui_shinkei_Booklet_Jun07_2021.pdf

 「天祥地瑞神系表」そのものの,デジタル化が残っている。これが完了した上で,考証をこのページにまとめたいと思っている。木庭次守は,疑問に思ったことは,出口王仁三郎から直接,聞いている。『天祥地瑞』最終巻(霊界物語第八十一巻)の初版発行は,1934年12月30日である。父は第二次大本事件で熊本市から京都市中立売署に官憲によって護送されて後,王仁三郎が仮出所された1942(昭和17)年8月から,親しくお会いしている。

 説明書を補足註釈を付けてデジタル化する過程で,ぼくにとっては大きな発見が多数あった。木庭次守は聖師の足手まといにならないように,社会が誤解しないように,敢えて多くの気付きを文章化していない。『天祥地瑞』の読者の多くは気付いていないであろうが,この作業を通じて,神系表からぼくは木庭次守の理解を知ることができるようになったのである。

以上,Jun. 5, 2021記。

図1天祥地瑞神系表

 Jun.5にアップした説明書に書式のミスがあった。修正したものを上記リンクに再アップするつもりである。昨日はタニハに掃除に行った序でに,父に言われて妹が描いた天祥地瑞神系表を撮影した。

 これをベースに父の神系表を復元し,さらに父の理解を隠していた神系表を別途,ここに公開する予定である。

以上,Jun. 7, 2021記。

1 『天祥地瑞』神系表のこの改訂版について

 天祥地瑞神系表説明書デジタル化完成ののち,木庭次守作品のデジタル化作業は,天祥地瑞神系表に集中されていた。その完成図が図2である。

図2 天祥地瑞神系表の改訂版 Jul. 7, 2021upload

 この図はこのページの完成までさらに修正されるだろう。プリントアウトして眺めていると必ず修正が必要な個所が見え,きりがない。これに至ったプロセスをここに示す。この図の先に4枚の図がある。

1 木庭次守,1952. 天祥地瑞神系表. 1952年3月10日.(上掲済み)

2 大本教典刊行会,1971. 霊界物語資料篇. 667p. (天祥地瑞神系表,昭和二十七年三月十日 木庭次守謹編)

3 木庭次守編,1991. 出口王仁三郎聖師口述『霊界物語』大事典 総索引 その一. 日本タニハ文化研究所,719p. (カラー表紙)

4 木庭次守編,木庭元晴監修,2010. 霊界物語ガイドブック. 八幡書店,434p + 154p. (紫微天界天祥地瑞神系表)

 1〜3は木庭次守作製のものであるが,4は2をベースにしたものであるが,八幡書店の整理の手が加わっており,その中には誤解もある。誤解の形を見ることで,図2作成をする上で参考になった。3では文字は記入されていないが,表紙のカラー化が実現されたので,これをベースに図2を作成することができた。図1が原本と考えていたが,妹の嬉子に確認したところ,この3をもとに描画したことが明らかになった。以下,それぞれの画像を示す。図2には「木庭元晴改訂」を追加している。図2は,木庭次守の理解を超えるものではないが,表現上の現代的な工夫があるので,明記すべきと考えた。これを作成する過程で当方の理解はかなり深まったと考えている。 

図3 天祥地瑞神系表(木庭次守,1952) 

 

図4 天祥地瑞神系表(大本教典刊行会,1971) 

図5 天祥地瑞神系表カラー版(木庭次守,1991)
図6 天祥地瑞神系表カラー版(木庭次守,2010)

 図3が手製のガリ刷りであったのに対して,図4は活版印刷となったが,ここでは,コアとなる「天の世造化三神」中の「天津瑞穂の神」の「ア声の言霊」を示す〇内のアが脱字になっていて,大太陰と太元顕津男の神の間の↔が脱落している。いずれも校正段階の見落としである。

 図5のカラー版にはテキストなどは入っていないし,本文中にも,この表紙に関して特に説明がない。目次の最後のページp. 28に,「表紙 紫微天界彩色圖」とあるだけである。ただ,印刷時の色の選定にはかなり使ったものと想像されるのである。この図5を基図にして図3を載せて,表現を現代的にした結果が,図2と考えて頂いてよい。

 図6では,図5に基づいては,幾つかの改変が実施されているので,ここで確認する。まずは,この図のタイトルとして,「紫微天界 天祥地瑞・神系表」とある。ぼくの観察によれば,日本特有の「・」は明治後半頃から使われるようになったようである。漱石や龍之介にも少なくとも一例は見たことがあるが,日本語を壊す記号と考えている。この「天祥地瑞・神系表」についていえば,「・」は何の役割も果たしていない。敢えて解釈すると,天祥地瑞表,と,神系表,を一緒にしたものという意味になろうが,結局意味をなさない。

 木庭次守編(1991)の表現のように,図5は「紫微天界彩色図」であり,紫微天界のなかの最奥霊国だけに神系表が示されているのである。そのように見ると,木庭次守(1952)の天祥地瑞神系表は,霊界物語三神系時代別活動表と同様,天祥地瑞神系図となる。さらに,現代の用法では到底,表とは言えず,図と称するのが適切である。霊界物語三神系時代別活動表は,三神系の活動を時系列で追った形となっているが,天祥地瑞神系表も静的なものではなく,主神の活動を追ったものである。圏構造は所与のものではなく,主神そのものがこの展開の中で生まれ育って,意思を持ち,力を持ち,圏構造が生まれてきたのである。ところが,残念ながら,具体的には核となる紫天界しか言及されていない。それゆえに,図2では,圏構造の核の部分だけを抽出する形を取っているのである。

 図6右下では,「紫微圏層」の文字が,図3同様,他の「圏層」に並べて,窮屈な円の間に入っているが,図4では図3の表現を超えるという意味で円を破って配置されている。「紫微圏層」は,図6の圏構造の左側に並んでいる,紫天界,蒼天界,紅天界,白天界,黄天界の5界を併せた世界である。図4では表現力に限界があったのである。図2左図では,この表現の正確性を図るために,他の4圏層とは別途表現しており,紫微圏層がさらに5天界に分かれることも表現している。

 図3と図4には,紫天界から蒼明圏層に,天之髙火男の神および味鋤の神付近から1本の矢印がのびている。これに対して,図6では,天之髙火男の神および天之高地火の神から2本の矢印がのびている。矢印の先には,「天津神」が配置されている。これに関連する説明書の,第四章天之髙火男の神,の部分を次に引用したい。

第四章天之髙火男の神 引用開始————————————————
 天之⾼⽕男の神は天之⾼地⽕たかちほの神と共に,⼒を合せ⼼を⼀にしてあまの世を修理固成し給ひ,蒼明圏層におりおり下りて,天津神の住所すみかを開かむとここに諸々の星界せいかいを⽣み出で給ひて,昼夜間断なく⽴活たちはたらき鳴り鳴りて鳴り⽌まずしぬ。天之⾼⽕男の神,天之⾼地⽕の神の⼆神はタカの⾔霊より天界の諸神をり出で給ひ,荘厳無⽐なる紫微宮しびきうを造りて主神の神霊を祀り,昼夜敬拝して永遠に鎮まり給ふ。紫微圏界にまします万星界よろづせいかいの神々は,その数⽇に⽉に増し⾏きて数百億の神⼈を現し,この圏層の霊界建設に奉仕し給ふ。
第四章天之髙火男の神 引用終了————————————————

 図6「紫微天界最奥霊国」下部の速言男の神の左右に配置されている,天之⾼⽕男の神と天之高地火の神の両神が蒼明圏層に下りて天津神の住所を開かむとここに諸々の星界を⽣み出で給ひて,とあり,図3と図4のような一つの矢印では十分ではない。それゆえ,図6では二本の矢印が設定されたのである。第七章太祓,では次の件がある。

第七章太祓 引用開始————————————————
 天之⾼⽕男あめのたかひをの神,天之⾼地⽕あめのたかちほの神の⼆神は,紫微圏界の国⼟を経営せむとして,(国⼟と雖も霊的国⼟にして,現在の地球の如きものに⾮ずと知るべし。以下総て之に準ず)先づ味鋤あぢすきの神をして紫天界に遣はし給ひぬ。紫天界は紫微宮界の中央にくらいし,⾄厳,⾄美,⾄粋,⾄純の透明国なり。先づ紫天界成り終へて,次に蒼天界形成され,次に紅天界,次に⽩天界,次に⻩天界,次々にかたちづくられたり。
第七章太祓 引用終了————————————————

 このように,天津神の住所はまずは紫天界,そして,紫微圏界全域に,そして,紫微圏界を超えて,蒼明圏層〜成生圏層に展開してゆくのであって,「天之⾼⽕男の神と天之高地火の神の両神が蒼明圏層に下りて」という記述は,タカの言霊のハラ(展開)の一部を示したものであって,矢印ではこの主神の展開を示し得ないのである。矢印ではなく,圏構造そのものが主神の展開を示していると見た方がいいようである。それゆえ,図2では図6のような矢印は廃している。

 図6では,天之道⽴の神の従神四神名を天之道⽴の神の右手に配置しているが,これは図3などと同様,左に配置すべきと思われる。天之峯火夫の神の左右(向かって右左)に左守と右守を配置するような場合を除き,天之道⽴の神の一神から見て右手に従神は配置すべきものと考えられる。

 なお,図6では速言男の神の左手に,「祭司 日高見の神」が追加されているが,全体の採用基準からすると外すことが賢明であろう。

 図3,図4,図6では,「大太陽」と「大太陰」はシンボルの下方に配置されているが,図2ではシンボルの中に配置した。大太陽のシンボルは図3,図4では十六方位が採用されているが,図5と図6では十二方位が採用されており,後者が適切と考えられる。

 図2の改訂版では,従来の表現とは異なり,テキストの放射状の配列を採用しなかった。構造的には放射状の配列が適切ではあるようだが,経験上,極めて読みにくく,座右に置いて頭に入れて行くのが難しい。図3,図4,図6と,図2を比較するとよくわかるが,前者でも放射状の配列が取られているのは,八柱の女神と国生みの旅のみであり,主神の活動順序については共通している。国生みの旅については方位が漠然と記されているが,結局,太元顕津男の神や朝香比女の神の旅の方位よりも,国生みの順序が重要であり,その点はこの図2の表現でも,満たされている。

 さらに,従来のものの圏構造の各ゾーンの名称が,狭い円弧間に配置されていた。構造の説明には問題無いが,すっと頭に入らない。そこで,図2左図のように,圏構造を示した図からテキストを外に並列した。こうすることで,「圏層」とその下位の「天界」の関係が容易に理解できるようになったと考えている。

以上,Jun. 16, 2021記。

2 あまの世造化三神

 霊界物語ハンドブック(木庭次守編,木庭元晴監修,2010)の,木庭元晴による「本書の刊行にあたって」のp.430を次に再掲する。

本書の刊行にあたって 引用開始————————————————
 アメリカ合衆国タフト大学のアレックス・ビレンキン博士は無から宇宙が誕生するという量子宇宙論を提示し,現在高く評価されている。ビレンキン博士が言う無は物質も空間も時間もない場である。極めてエネルギーの高い真空のゆらぎというものがあって,ある確率でゆらぎが大きくなり,目には全く見えない極めて小さな粒が生まれる。そしてその中から急激に拡大して吾々が暮らす宇宙が生まれるという。こういう宇宙が複数存在するという。

Alexander Vilenkin, 1984. Quantum creation of universe.  Physical Review D, 30, pp.509-511. 
 ここでは無から宇宙が生み出されるシンプルモデルが提示されている。
http://www.closertotruth.com/participant/Alexander-Vilenkin/116
 ここには根源的なテーマに関するヴィレンキン教授へのインタビューが掲載されている。 
http://www.youtube.com/watch?v=tvQW-Yiib38
 (このサイトには,)NHKの放送が取得されている。ここにヴィレンキン教授のインタビューとその考え方が簡潔に示されている。

 天祥地瑞てんしやうちずゐ子の巻,第一章天之峯火夫あまのみねひをの神,は次のように始まる。「天もなく地もなく宇宙もなく、大虚空中(だいこくうちう)に一点のヽ(ほち)忽然と顕れ給ふ。このヽ(ほち)たるや、すみきり澄みきらひつつ、次第々々に拡大して、一種の円形をなし、(中略)ヽ(ほち)を包み、初めてス(⦿ 丸に・)の言霊生れ出でたり。此のス(⦿ 丸に・)の言霊こそ宇宙万有の大根元にして、主(ス)(⦿ 丸に・)の大神の根元太極元となり、皇神国(すめらみくに)の大本(だいほん)となり給ふ」とある。現在の宇宙論との類似性を感ぜずには居られないのである。このス(⦿ 丸に・)の言霊からウやアの言霊が生まれ,天祥地瑞神系表のごとく展開して言霊に対応した神々が生まれてゆく。
本書の刊行にあたって 引用終了————————————————

 第二章天之峯火夫の神,の一部を次に引用する。

第二章天之峯火夫の神 引用開始————————————————
 ⦿の活動を称して主の⼤神と称し,また天之峯⽕夫あまのみねひをの神,またの御名を⼤国常⽴神⾔みことと奉称す。⼤虚空中に,葦芽あしがひのごとく⼀点のヽ発⽣し,次第々々に膨れ上り,鳴り鳴りて遂に神明の形を現じたまふ。⦿神の神霊は⦿の活動⼒によりて,上下左右に拡ごり,⦿極まりてウの活⽤を現じたり。ウの活⽤より⽣れませる神名を宇迦須美うがすみの神と⾔ふ,宇迦須美は上にのぼり下に下り,神霊の活⽤を両分して物質の⼤元素を発⽣し給ひ,上にのぼりては霊魂れいこんの完成にし給ふ。今⽇の天地の発⽣したるも,宇迦須美の神のいさをなり。ウーウーウーと鳴り鳴りて鳴極まるところ神霊しんれい元⼦げんし⽣れ物質の原質げんしつ⽣まる。ゆえに天之峯⽕夫の神と宇迦須美の神の妙の動きによりて,天津⽇鉾の神⼤虚空こくう中に出現し給ひ,⾔霊の原動⼒となり七⼗五声の神を⽣ませ給ひ,⾄⼤天球しだいてんきうを創造し給ひたるこそ,げにかしこき極みなりし。再拝。
第二章天之峯火夫の神 引用終了————————————————

 「天之峯火夫の神」の神名は,第一章総説,にあるように,富士文庫神皇記の天の世の神の初代にあたるが,この神名そのものは聖師にとって,実は意味がないようだ。直前の引用文には,「⦿の活動を称して主の⼤神と称し,また天之峯⽕夫あまのみねひをの神,またの御名を⼤国常⽴神⾔みことと奉称す」とあり,聖師の世界から言えば,大国常立神言,がより適切な神名になる。

 当方,不勉強で,この言霊学についての研究史に触れていない。某Webサイトでは平田篤胤は,宇宙の始まりはウの言霊で始まるとしているようである。

 上記引用から,天之峯火夫の神に続いて,ウの活⽤から宇迦須美うがすみの神が⽣れ,天之峯⽕夫の神と宇迦須美の神の妙の動きによるアの活⽤から天津⽇鉾の神が出現し,三神のスウアの⾔霊によって七⼗五声の神が⽣まれ,⾄⼤天球しだいてんきうが創造される。このように,図2右図の「天の世造化三神」円枠まるわく中央の三神の活動によって,七⼗五声の神が⽣まれ,至大天球が創造されるのであるが,その活動について,その詳細が次々と示されるのである。

3 あまの世

 第三章高天原,の全文の前半を次に引用する。

第三章高天原の前半 引用開始————————————————
 ここに宇迦須美の神は⦿の神の神⾔みこともちて,⼤虚空中に活動し給ひ,ついにオの⾔霊を神格化して⼤津瑞穂おおつみづほの神を⽣み給ひ,⾼く昇りて天津瑞穂の神を⽣ませ給ひぬ。⼤津瑞穂の神は,天津瑞穂の神に御逢みあひてタの⾔霊,⾼鉾の神,カの⾔霊,神鉾の神を⽣ませ給ひぬ。⾼鉾の神は大虚中たいきょちうに活動を始め給ひ,東に⻄に南に北に,乾坤巽⾉けんこんそんごん上下の区別なくターターターター,タラリタラリ,トータラリ,  タラリヤリリ,トータラリとかけめぐり,神鉾の神は,⽐古神と共にカーカーカーカーと⾔霊の光かが  やき給ひ,ここにいよいよタカの⾔霊の活動始まり,⾼鉾の神は左旋運動を開始し,神鉾の神は右旋運動を開始して円満清朗なる宇宙を構造し給へり。ここにおいて両神の活動はたらきは無限⼤の円形を造り給へり。この円形の活動をマの⾔霊と⾔ふ,天津真⾔まことの⼤根元はこのマの⾔霊より始まれり。
 ⾼鉾の神,神鉾の神,宇宙に現れ給ひし形をタカアと⾔ひ,円満に宇宙を形成し給ひし活動をマと⾔ひ,このタカアマの⾔霊げんれい,際限なく虚空こくうに拡がりて果てなし,この⾔霊をハと⾔ひ速⾔男はやことのをの神と⾔ふ。両神は速⾔男の神に⾔依さし給ひて,⼤宇宙完成の神業を命じ給ふ。速⾔男の神は右に左に廻り廻り鳴り鳴りて螺線形をなし,ラの⾔霊を⽣み給ふ。この状態を称してタカアマハラと⾔ふなり。⾼天原の六⾔霊げんれい活動はたらきによりて無限絶対の⼤宇宙は形成され,億兆無数の⼩宇宙はついで形成さるるに⾄れり。清軽なるもの,霊⼦の根元をなし,重濁なるものは物質の根元をなし,ここにいよいよ天地の基礎は成るに⾄れり。
第三章高天原の前半 引用終了————————————————

 この引用の初めの段落に記されているように,⼤津瑞穂の神と天津瑞穂の神が御逢みあひて,タの⾔霊,⾼鉾の神,カの⾔霊,神鉾の神が⽣れるという活動の時系列位置関係ゆえに,図2右図中央の天の世造化三神の円内での上下の位置関係が決められている。中心の天之峯火夫の神の左手右手に,宇迦須美の神,天津⽇鉾の神が配置され,さらにその外郭の左手に,⼤津瑞穂の神と天津瑞穂の神,右手に⾼鉾の神と神鉾の神が配置され,上下関係にもその発生順序が反映されている。

 この引用の第二段落では,タカアマハラの六⾔霊げんれい活動はたらきによって,無限絶対の⼤宇宙そして億兆無数の⼩宇宙が形成され,清軽なるものは霊⼦の根元となり,他方重濁なるものは物質の根元となって,いよいよ天地の基礎ができた,とある。

第三章高天原の後半 引用開始————————————————
 いまだ速⾔男の神以前の世は宇宙なるもの無く,⽇⽉星⾠の如き霊的物質かたちをとめず,虚空こくうはただ霊界のみ創造され,物質的分⼦は微塵だもなかりけるが,この六⾔霊の活⽤によりて,天界の物質は作られたるなり。これより天地剖判てんちぼうはんに⾄るまで数⼗代の神あり,之を天の世と称し奉る。
 天の世は霊界のみにして現界は形だにもなく,じつに寂然たる時代なりき。この⾼天原六⾔霊の鳴り鳴りて鳴り⽌まざる活⽤によりて,⼤虚空こくうに紫微圏なるものあらはれ,次第々々に⽔⽕を発⽣して虚空に光を放ち,その光⼀所ひとところに凝結して無数の霊線を発射し,⼤虚空をして紫⾊に輝く紫微圏層の世を創造し給ひぬ。紫微圏層についで蒼明圏層現れ,次に照明圏層,次に⽔明圏層現れ,最後に成⽣圏層といふ⼤虚空に断層発⽣したり。この⾼さ広さ到底かぞふべき限りにあらず,無限絶対無始無終と称する  より語るべき⾔葉なし。嗚呼惟神霊幸倍坐世ああかんながらたまちはへませ
第三章高天原の後半 引用終了————————————————

 出口王仁三郎の「天地剖判」に対する認識について,次の文献のうち,『大本略儀』から採られた「天地剖判」から確認したい。出口王仁三郎著,村上重良編解説,1972. 出口王仁三郎著作集,第一巻「神と人間」,読売新聞社. https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=B195301c41

『大本略儀』天地剖判 引用開始————————————————
 天地剖判ぼうはんの初頭に於ては、天に対して地もただ一個であった。旋回運動が継続されて居るうちに、大地の内部においても、重い物と軽い物、澄んだ所と濁った所とが次第に区分され、外周に集合した所の比較的軽く澄んだ所、例えば瓦斯体がすたいは、る時期に於て、中心の固形体、又は液体との共同運動が不可能となり、ついに分離してしまう。そして天の一角に或る位置をを占めて、一方宇宙の大運動に伴いつつ、自己もまた独立せる小運動を続ける。これが第一の星である。次に第二の星が分離し、次に第三、第四、第五と次第に分離して、現在見るが如き無数の天体を形成するに至った。是等これら諸星辰の分離に連れて、無論地の容積は縮小又縮小、最後に太陽、太陰等と分るるに及びて、現在の大地と成って仕舞しまった。容積から言えば、天体中には大地球よりも大きいものもあるが、しかし宇宙の中心という点から言えば、大地球がそれであらねばならぬ。最早もはや大地は大体出来あがって、此上このうえ分離するものがなく、例えば充分酒を絞りげた酒粕さけかすの如きものになって居るのだ。
『大本略儀』天地剖判 引用終了————————————————

 この引用内容からすると,天地剖判引とは,大地球つまり現在の地球の誕生を指していると考えて良いだろう。そこで,「六⾔霊の活⽤によって天界の物質が作られてから地球誕生までの数⼗代の神代を天の世」と言うことになる。第三章高天原の後半の引用文の第二段落には,図2左図の圏層のうち,まず中心部の紫微圏層が発生したことが示されている。そして順次周辺に,蒼明圏層,照明圏層,⽔明圏層,最後に成⽣圏層が形成された。「断層発⽣したり」という表現は,5圏層が連続的なものではなく,不連続に累加されていったことを示しているのであろう。図2右図の神系図は,中心部の紫微圏層に限定されている。

 言い換えると,『天祥地瑞』では,紫微圏層の神系に限定されているが。天の世は,紫微圏層の神系で完全に説明できるとも言える。

以上,Jun. 17, 2021記。

4 天極紫微宮造営と大太陽の顕現

 第六章言幸比古の神,の第一段落には,図2右図の中核である天の世造化三神の意義が記され,第二段落にはその宮殿である天極紫微宮の造営によって,紫微圏層(紫微宮圏)に大太陽が顕現し,天の数歌の祝詞を繰り返し上げることで赫赫かくかくたる大太陽の輝きが生まれると言うのである。主の神から発生した早言男の神さらには言幸比古の神,言幸比女の神ではあるが,この三神の言霊によって,天の世造化三神の活動が深く広く展開してゆく。祝詞そして真釣り合わせの成立と意義が示されているのである。

第六章言幸比古の神第一段落 引用開始————————————————
 速言男はやことのをかみ紫微宮しびきうけん世界せかい万神ばんしん指揮しき修理しうり固成こせいし、永遠えいゑん無窮むきうあま世界せかい経綸けいりん全力ぜんりよくつくたまひ、ここ造化ざうくわ三神さんしんはじ四柱よはしらかみ宮殿きうでんつくりて、至忠しちう至孝しかう大道だいだう顕彰けんしやうたまへり。あま世界せかい造化ざうくわ三神さんしんとは、天極てんきよく紫微宮しびきう天之あまの峯火夫みねひをかみ宇迦須美うがすみかみ天津あまつ日鉾ひほこかみましまし、左守さもりつかたまふは大津おほつ瑞穂みづほかみ天津あまつ瑞穂みづほかみ二神にしんなり。また右守うもりかみつかたまふは高鉾たかほこかみ神鉾かむほこかみなり。速言男はやことのをかみひとふたすなは霊力体れいりよくたい三大元さんだいげんもつ大宮おほみやえうするたま御柱みはしらつくたまひ、はしら四方しはうならべてたま屋根やねもつそらおほひ、光輝くわうき燦然さんぜんたる紫微しび大宮おほみや造営ざうえいたまひぬ。そもそみや天極てんきよく紫微宮しびきうとなまつり、造化ざうくわ三神さんしんはじ左守さもり右守うもり四柱神よはしらがみ永遠えいゑん祭祀さいしたまはむがめなり。
第六章言幸比古の神第一段落 引用終了————————————————

 上記引用の最後に,「天極てんきよく紫微宮しびきうとなまつり、造化ざうくわ三神さんしんはじ左守さもり右守うもり四柱神よはしらがみ永遠えいゑん祭祀さいしたまはむがめなり」とあって,この前半引用の説明ゆえに,図2右図では,紫微天界最奥霊国の中核が用意されたのである。この造営の際に,世界せかい万神ばんしんを指揮するのが速言男はやことのをかみである。上記の第三章高天原の前半引用の第二段落には,「⾼鉾の神と神鉾の神は,速⾔男の神に⾔依さし給ひて,⼤宇宙完成の神業を命じ給ふ。⾼天原の六⾔霊げんれい活動はたらきによりて無限絶対の⼤宇宙は形成され,ここにいよいよ天地の基礎は成るに⾄れり」とあって,速言男の神がタカアマハラの六言霊の活動,言い換えると主神の活動が開花した情態であると考えられるのである。

第六章言幸比古の神第二段落 引用開始————————————————
 この時霊⼒体の三元スの⾔霊の⽞機げんき妙⽤によりて,紫微宮の世界に⼤太陽だいたいようを顕現し給ひ,⼤虚空中に最初の宇宙を⽣り出で給ひたるなり。紫微宮天界の諸神は幾億万⾥の果よりも集り来りて,⼤宮造営完成の祝歌を謡ひ給ふ。速⾔男の神は紫微台上に昇りて声も厳かに,『⼀⼆三四五六七⼋九⼗百千万ひとふたみよいつむゆななやここのたりももちよろづ』と繰返し繰返し謡ひ給へば,百雷の⼀時に轟く如き⼤⾳響四⽅に起りて,紫微宮天界はために震動し,紫の光は四辺を包み,太陽の光は次第々々に光彩を増し,現今の我宇宙界にある太陽の光に増すこと約しち倍の強さとなれり。速⾔男の神は以上の天の数歌を唱へ終りて紫微台の⾼御座に端坐し,両眼を閉ぢて天界の完成を祈り給ふ。
第六章言幸比古の神第二段落 引用終了————————————————

 速言男の神の活動,すなわち,霊⼒体の三元スの⾔霊の⽞機妙⽤によって,紫微宮の世界に⼤太陽が顕現する。主神の活動の大きな到達点であった。霊⼒体の三元スの⾔霊の⽞機妙⽤,が花開くのである。そして,速言男の神の天の数歌によって,大太陽さらに紫微宮天界は深く広く展開してゆく。

 卑近ではあるが,ヒトの祈りもこの展開に繋がることを暗示していると思う。人生の目的すら,ここに帰着すると主張しているのである。

5 太祓

 祭式は,祈りと祓いから成り立っている。その祓いの始まりが第七章太祓で述べられる。その主役は,大太陽,つまりは,天之道⽴の神,である。

第七章太祓第一段落 引用開始————————————————
 天之⾼⽕男あめのたかひをの神,天之⾼地⽕あめのたかちほの神の⼆神は,紫微圏界の国⼟を経営せむとして,(国⼟と雖も霊的国⼟にして,現在の地球の如きものに⾮ずと知るべし。以下総て之に準ず)先づ味鋤あぢすきの神をして紫天界に遣はし給ひぬ。紫天界は紫微宮界の中央にくらいし,⾄厳,⾄美,⾄粋,⾄純の透明国なり。先づ紫天界成り終へて,次に蒼天界形成され,次に紅天界,次に⽩天界,次に⻩天界,次々にかたちづくられたり。本章においてはまづ,紫微圏界におけるその第⼀位たる紫天界の修理固成につきその⼤略を説き明すなり。
第七章太祓第一段落 引用終了———————————————

 ここに,紫微圏界内の分化が示される。図2左図の上部に示すように,「紫天界成り終へて,次に蒼天界形成され,次に紅天界,次に⽩天界,次に⻩天界,次々にかたちづくられたり」とある。この分化または増殖が何を意味するのか,各天界の特色も,『天祥地瑞』には記されていない。

第七章太祓第二段落 引用開始————————————————
 ウの⾔霊の御稜威みいづによりて天之道⽴の神は,その神⼒を発揮し給ひ,⽇照男ほてりをの神,夜守よるもりの神,⽟守たまもりの神,⼾隠とがくしの神の四柱をして昼と夜とを分ち守らせ給ひぬ。⽟守の神は朝を守り,⽇照男の神は⽇中を守り,⼾隠の神は⼣を守り,夜守の神は夜を守り給ひて,天界の経綸を⾏ひ給ふ。しかしながら紫微圏界にては,夜半と雖も我が地球の真昼よりも明るく,唯意志想念の上に於て夜の⾄るを感ずる程度のものなり。朝は朝の想念起り,昼は昼,⼣は⼣の意志想念に感ずる程度なり。我が地球の如く明暗さだかならざるも,霊的天界なるが故なり。
第七章太祓第二段落 引用終了————————————————

 この段落ではまずは,図2右図に示した天之道立の神の4従神の役割が示されている。

第七章太祓第五段落 引用開始————————————————
 天之道⽴の神は,主の神の⾄善,⾄美,⾄愛の霊性を摂受し給ひて,紫天界を円満清朗にかつ幸福に諸神を安住せしめむと,昼夜守りの四神をして神事を取り⾏ひ給へど,惟神⾃然の真理は如何ともするによしなく,さしもの紫天界にも,かなた,こなたの隅々に妖邪の気発⽣し,やうやく紫天界は擾乱の国⼟と化せむとせり。ここに天之道⽴の神は,この形勢を深く憂慮し給ひて,天極紫微宮に朝⼣を詣で,天の数歌を奏上し,かつ三⼗⼀⽂字をもつて,妖邪の気を剿滅さうめつせむと図り給ふぞ畏けれ。
第七章太祓第五段落 引用終了————————————————

 「主の神の⾄善,⾄美,⾄愛の霊性を摂受」する天之道⽴の神であっても,「やうやく紫天界は擾乱の国⼟と化せむ」とし,「天極紫微宮に朝⼣を詣で,天の数歌を奏上し,かつ三⼗⼀⽂字をもつて,妖邪の気を剿滅さうめつせむと図」るのであるが,次の最終段落の一つ前の段落末尾に,「さりながら⼤前に神嘉⾔⼀⽇だも怠る時は再び妖邪の気湧き出でて世を曇らせ,諸神はあらび乱るるに⾄るこそ是⾮なけれ」とある。

第七章太祓最終段落 引用開始————————————————
 ここに天之道⽴の神は,朝⼣のわかちなく,神を祭り,⾔霊を宣り,妖邪の気を払はむとして払ひ,⾔葉のいさをのいやちこなることを悟り,初めて太祓ひの道を開き給ひしこそ畏けれ。再拝。
第七章太祓最終段落 引用終了————————————————

 「主の神の⾄善,⾄美,⾄愛の霊性を摂受」する天之道⽴の神であっても,際限なく言霊によって祓い清めないと,たちまち「紫天界は擾乱の国⼟と化」してしまうという教えが示されている。

6 大太陰の顕現と伊都能売神の顕現

 大太陽を補完するものとして,大太陰現れ,大太陽と大太陰の活動を統合して活動する伊都能売神が顕現したことを,この章では,宣言している。

第十一章水火の活動第三段落 引用開始————————————————
 天界における光彩炎熱も内包せる⽔気の⼒なり。紫微天界にはだい太陽現れ給ひて左旋運動を起し,東より⻄にコースを取るのみにして,⻄より東に廻る太陰[1]なし。炎熱猛烈にして神⼈を絶対的に安住せしむる機関とはならざりしかば,ここに太元顕津男の神は⾼地秀の峯にのぼらせ給ひ,幾多の年⽉の間,⽣⾔霊を奏上し給へば,⼤神の⾔霊宇宙に凝りてここに⼤太陰は顕現されたるなり。しかして⼤太陰は⽔気多く⽕の⼒をもつて輝き給へば,右旋運動を起して⻄より東にコースをとり,天界の神⼈を守らせ給ふ。天之道⽴の神は⼤太陽を機関として,凡百ぼんぴやくの経綸を⾏ひ給ひ,太元顕津男の神は⼤太陰を機関として宇宙天界を守らせ給へば,ここに天界はいよいよ⽕⽔の調節なりて以前に勝る万有の栄を⾒るに⾄れり。
第十一章水火の活動第三段落 引用終了————————————————

 上記で,「炎熱猛烈にして神⼈を絶対的に安住せしむる機関とはならざりしかば,ここに太元顕津男の神は⾼地秀の峯にのぼらせ給ひ,幾多の年⽉の間,⽣⾔霊を奏上し給へば,⼤神の⾔霊宇宙に凝りてここに⼤太陰は顕現されたるなり」とあり,太元顕津男の神が⼤太陰を生み出したことが記されている。大太陽と大太陰はもともと一対のものとして形成されたものではなく,大太陰が大太陽と併せて⽕⽔の調節を可能にするべく生まれたことを示している。

 とはいえ,我々の日常的な認識では,地球の自転活動が太陽の炎熱を避ける効果を持っているのであって,月がそういう効果を持つとは思えない。すでに,第七章太祓の題二段落にあったように,従神四神が朝,日中,夕,夜を守っており,昼夜の区別はできている。地球および海洋潮汐の主役ではあるが,月の暑熱を薄めるという効果がわからない。火と水の対比からの発想だと思われるが,詩的効果以外に理解しにくいところである。

第十一章水火の活動第五段落 引用開始————————————————
 ⼤太陽に鎮まり給ふ⼤神を厳の御霊と称へ奉り,⼤太陰界に鎮まりて宇宙の守護に任じ給ふ神霊を瑞の御霊と称へ奉る。厳の御霊,瑞の御霊⼆神の接合して⾄仁⾄愛みろく神政を樹⽴し給ふ神の御名を伊都能売神いづのめのかみと申す。即ち伊都いづいづにして⽕なり,能売のめは⽔⼒,⽔の⼒なり,⽔はまたみづの活⽤を起してここに瑞の御霊となり給ふ。紫微天界の開闢かいびやくより数億万年の今⽇に⾄りていよいよ伊都能売神と顕現し,⼤宇宙の中⼼たる現代の地球(仮に地球といふ)の真秀良場に現れ,現⾝うつせみをもちて,宇宙更⽣の神業に尽し給ふ世とはなれり。
第十一章水火の活動第五段落 引用終了————————————————

 この引用末尾で,「紫微天界の開闢より数億万年の今⽇に⾄りていよいよ伊都能売神と顕現し,⼤宇宙の中⼼たる現代の地球の真秀良場に現れ,現⾝をもちて,宇宙更⽣の神業に尽し給ふ世とはなれり」とあるのは,聖師が開祖昇天ののち,繰り返し主張されてきたことであり,開祖が道半ばで昇天されたのちの教団内部を鎮めるべく打ち出された伊都能売神の出現意義が示されていると考えられる。なお,「現代の地球(仮に地球といふ)」での()内の但し書きは地球は球体ではないが通称の地球という用語を使うという意味であろう。

7 西の宮と東の宮

 図2右図の神系図は,空間的な分布を示したものではない。生起順序を示したものである。とはいえ,空間的分布の表現も垣間見られ,注意が必要である。

第十二章国生みの旅第一段落と第二段落 引用開始————————————————
 ⽕は⽔の⼒によりて⾼く燃え⽴ち上りその熱と光を放ち,⽔はまた⽕の⼒によりて横に流れ低きにつく,これを⽔⽕すゐか⾃然の活⽤はたらきと⾔ふ。⽕も⽔の⼒なき時は横に流れて⽴つ能はず,⽔はまた⽕の⼒なき時は⾼く上りて直⽴不動となりて,その⽤をなさず。霧となり,雲となり,⾬となりて,四⽅の国⼟を湿うるほすも皆⽔の霊能なり。⽕を本性として現れ給ふ厳の御霊を天之道⽴の神と申すもこの原理より出づるなり。つぎに太元顕津男の神とたたふるも,⽔気すゐきの徳あらゆる万有に浸潤してその徳を顕すの意なり。ゆえに天之道⽴の神は紫微の宮居[1]に永久に鎮まりて経の教を宣り給ひ,太元顕津男の神は⾼地秀の宮に鎮まりまして,四⽅の神々を初めあらゆる国⼟を湿うるほし給ふ御職掌なりける。ゆえに主の⼤神は太元顕津男の神に対し,国⽣み神⽣みの神業を依さし給ひて,⼋⼗柱の⽐⼥神を御樋代として顕津男の神に降し給ひ,ことに才⾊勝れたる⼋柱の神を選りて御側近く仕へしめ給ひしは,天界経綸の基礎とこそ知られけり。
 ここに顕津男の神は天理に暗き百神ももがみ達のささやきに堪へ兼ね給ひて,尊き神業に躊躇し給ひけるが,主の神の⼤神宣おほみこと黙し難く,紫微の宮居に参ひ詣で,天之道⽴の神に我もてる職掌をうまらにつばらにり給ひしかども,素より⽕の本性をたす神なれば,顕津男の神の神⾔みことを諾ひ給はず,紫微の宮居の百神達も⾔葉を極めて顕津男の神の⾏動を裁きまつりければ,ここに御神みかみは深く⼼を定めつつ,⾼地秀の宮に帰らせ給ひ,⼀柱の侍神も伴はず,⽉光る夜半を独りとぼとぼ⽴出でまし給へば,⽩梅の⾹ゆかしく  咲き⾹ふ栄城⼭さかきのやまよこたはる。ここに顕津男の神はほつと御息をつかせ給ひ,栄城⼭の頂に登りて,⽇⽉両神を拝し天津祝詞を奏上し,我神業みわざの完成せむ事をうまらにつばらに祈り給ひける。
第十二章国生みの旅第一段落と第二段落 引用終了————————————————

 火と水の関係については,この第十二章以前にも繰り返し示されている。天之道⽴の神と太元顕津男の神の組み合わせの登場につながるものである。「天之道⽴の神は紫微の宮居に永久に鎮まりて経の教を宣り給ひ,太元顕津男の神は⾼地秀の宮に鎮まりま」すのであるが,この引用文中で,天之道⽴の神の坐す「紫微の宮居」は,天極紫微宮である。次に,次の第十章紫微の宮司第一段落引用文を示す。

第十章紫微の宮司旅第一段落 引用開始————————————————
 天の道⽴の神はここに主の神の⼤神⾔をもちて,紫天界の⻄の宮居の神司となり,遍く神⼈の教化に専念し給ひ,天津誠の御教をうまらにつばらに説き給ひ,太元顕津男の神は東の国なる⾼地秀の宮に神司として⽇夜奉仕し給ひ,右⼿に御剣をもたし左⼿に鏡をかざしつつ,霊界における霊魂,物質両⾯の守護に任じ給ひたれば,その神業において⼤なる相違のおはす事はもとよりなり。いかに紫微天界と雖も清浄無垢にして⾄賢⾄明なる神⼈数多おはさざれば,その統制につきては,いたく神慮を難ませ給ひたり。
第十章紫微の宮司旅第一段落 引用終了————————————————

 天之道⽴の神の坐す「紫微の宮居」は,「紫天界の⻄の宮居」に対応しており,天極紫微宮に対応しないようにも取れる。第十二章国生みの旅第二段落では,「主の神の⼤神宣黙し難く,紫微の宮居に参ひ詣で,天之道⽴の神に我もてる職掌をうまらにつばらに宣り給ひしかども,素より⽕の本性を有たす神なれば,顕津男の神の神⾔を諾ひ給はず,紫微の宮居の百神達も⾔葉を極めて顕津男の神の⾏動を裁きまつりければ」で見られるように,紫微の宮居には,天の道立の神だけでなく百神達も居て,かなり騒々しい。顕津男の神の神⾔は,天之道⽴の神には了解できなかったが,同章の第三段落にあるように,祓いと祈りがその状況を打開する。

第十二章国生みの旅第三段落 引用開始————————————————
 顕津男あきつをかみ尾上をのへしげ常磐木ときはぎまつこじにこじ、白梅しらうめかを小枝こえだ手折たをらせたまひてまつこずゑにしばりまし、右手めて手握たにぎ左手ゆんでたなごころに、夜光やくわうたましづかやはらかにささたし、松梅まつうめみてくら左右左さいうさ打振うちふ打振うちふ御声みこゑさはやかにいのたまふ。その神言霊みことたまたちま天地てんち感動かんどうし、紫微しび天界てんかい諸神しよしんときうつさず神集かむつどひにつどひまして、顕津男あきつをかみ太祝詞言ふとのりとごとつつしかしこ聴聞ちやうもんたまふ。
第十二章国生みの旅第三段落 引用終了————————————————

 そして,次の段落に続く。

第十二章国生みの旅第四段落引用開始————————————————
 『掛けまくも綾に畏き久⽅の,神国のもとゐとあれませる天の峯⽕夫の神は,澄みきり澄みきり主の⾔霊の神⽔⽕みいきをうけて,空⾼くあらはれ給ひ,⼼を浄め⾝を清め,いよいよここに紫微天界を初めとし,ほかに四層の天界をうまらにつばらに⽣り出でましぬ[1]。紫微天界のかなめ天極紫微てんきよくしびの宮を⾒たて給ひ,これを天の御柱の宮[2]となづけ給ひて,天之道⽴の神に霊界のことをうまらにつばらに任け給ひ,神の御代をば開かせ給へと,つぎつぎ曇る天界のこの有様をみそなはし,我を東につかはして,⾼地秀⼭に下らせつ,ここに宮居を造るべく依さし給へば,ひたすらに畏みまつり,天津国の遠き近きにそびえます,⼭の尾上や⾕々の,茂⽊しげきの良き⽊をえらみ⽴て,本打切り末打断ちて,貴の御柱削り終へ,⾼天原に千⽊⾼知りて,我は朝⼣仕へまつりぬ。百神達は紫微の宮居に対照して東の宮と呼ばはりつ,伊寄り集ひて⼤前に,朝な⼣なの神嘉⾔宣り上げまつる折もあれ,主の⼤神は厳かに,東の宮居に下りまし,国の御柱の⼤宮と名を賜ひたる尊さよ。ここに主の神もろもろの⼤御経綸おおみしぐみけ給ひ,あらゆる国を治むべく国魂神を⽣ませよと,⼋⼗柱の⽐⼥神[3]を我に下して,御空⾼く元津御座に帰りましましぬ。我はもとより瑞御霊,⼀所に留まるべきにあらねば,栄城⼭のに今⽴ちて,四⽅の神々さし招き,職掌つとめを委曲に,百の神々司神に今あらためて宣り告ぐる。百神達は主の神の,神⾔をうけし我⾔葉,うまらにつばらに聞召し,厳の御霊は⾔ふも更,瑞の御霊の宣⾔のりごとも,浜の千⿃と聞きながさず,⼼の奥に納めおきて,我神業を救へかし。嗚呼惟神々々,天津真⾔の⾔霊もて⼼の丈を告げまつる』
第十二章国生みの旅第四段落引用終了————————————————

 ここに,「紫微天界の要天極紫微の宮を⾒たて給ひ,これを天の御柱の宮となづけ給ひて,天之道⽴の神に霊界のことをうまらにつばらに任け給ひ」,とあって,天之道⽴の神の宮が,紫微天界の要天極紫微の宮,にあたることが明記されている。他方,「主の⼤神は厳かに,東の宮居に下りまし,国の御柱の⼤宮と名を賜ひたる尊さよ」とある。西の宮というのは,東の宮に対する通称であって,紫微天界最奥霊国の西にあった訳ではないのである。紫微天界の役割分担の観点から,図2右図が成立する訳である。

 蛇足ではあるが,図2右図では,天之道⽴の神の宮の属性情報として,当方が,「天極紫微宮」を( )付きで追加した。

以上,Jun. 21, 2021記。

8 天之峯火夫の神と天之御中主神の関係 未完

9 さてさて

10 香具の木の実から生まれた八十柱の比女神

(1) 八十柱の比女神

第九章「香具の木の実」第一,二段落 引用開始————————————————
 紫微天界,最奥霊国紫微の宮居に鎮まり居ます主の⼤神,天之峯⽕夫の神は,宮の清庭に弥茂り弥栄えつつ⾮時ときじく花咲き実る⾹具のの実を,左守の神に命じてむしり取らせ給へば,そのすう⼋⼗やそおよべり。
 ここに主の神は虚空にスの⾔霊を鳴り出で給ひて,⾹具の⽊の実を右⼿に握らせ呼吸いきを吹きかけ給へば,艶麗なる⼥神の霊御⼝たまおんくちより⽣り出でまして⾹具の⽊の実に移らせ給ひ,ここに艶麗なる⼥神の姿⽣り出でましぬ。この⼥神の名は⾼野⽐⼥たかのひめの神と申す。次に⼀つの⽊の実を⼿握り⽟の清⽔にそそぎ給ひて御息を吹きかけ給へば⼜もや⼥神成り出で給ふ。之を寿々⼦⽐⼥すずこひめの神と申す。かくして⼋⼗の⾹具の⽊の実は,いづれも天下経綸の御柱として貴の⼥神と現れ出でませり。
第九章「香具の木の実」第一,二段落 引用終了————————————————

 第一段落に,「⾹具のの実を,左守の神に命じてむしり取らせ給へば,そのすう⼋⼗やそおよべり」とあって,第二段落の終わりに,「かくして⼋⼗の⾹具の⽊の実は,いづれも天下経綸の御柱として貴の⼥神と現れ出でませり」とある。国語大辞典(新装版,小学館,1989)には,香具の木の実とは,かくのこのみ(香菓)で,(実に高い香りがあるところから)橘(たちばな)の実の異称,とある。明解古語辞典(三省堂,1962)には,例文として,このたちばなをときじくのかぐのこのみと名づけけらしも【万葉集四一一一】が掲げられている。

 先に引用した第九章「香具の木の実」第一,二段落の歌を介して続く,地の文の第三,四段落を次に引用する。

第九章「香具の木の実」第三,四段落 引用開始————————————————
 ここに太元顕津男の神は,主の神の神⾔みことかしこみ⾼野⽐⼥の神にみあひて,⾼地秀の宮に永久とこしへに鎮まり居まし,国を拓き神ををさめ,⽔⽕すゐくわの呼吸をくみ合せもやひ合せて雲を⽣み,⾬を降らせて,あらゆる天界に湿りを与へ給へば,国⼟に万物発⽣し,天の狭⽥⻑⽥に瑞穂の稲は実り⽊の実は熟し,⼤嘗おほなめ神業みわざ漸く完成を告げ給ふ事とはなれり。
 顕津男の神は主の神の神⾔かしこみて宇都⼦⽐⼥うづこひめの神,朝⾹⽐⼥あさかひめの神,梅咲⽐⼥うめさくの神,花⼦⽐⼥の神,⾹具の⽐⼥の神,⼩夜⼦⽐⼥の神,寿々⼦⽐⼥の神,狭別さわけの⽐⼥の神を近く侍らせ神業に奉仕せしめ給ひぬ。これを⼋柱の⼥神となも⾔ふ。この外七⼗ほかななそまり⼆柱[1]の⽐⼥神を紫微宮界の東⻄南北,遠近の国⼟に配りおきて,神の御樋代となし,⼤経綸を⾏ひ給ひしぞ畏けれ。
第九章「香具の木の実」第三,四段落 引用終了————————————————


 第一段落にあるように,左守の神が主の神の命令でむしり取った⾹具の⽊の実の数は,八十個である。第二段落にあるように,左守の神がむしり取った八十個の香具の木の実から,正妃高野比女の神が生まれる。そして,これに続いて,寿々⼦⽐⼥の神以下の比女神が生まれた。第四段落にあるように,計八十の比女神のうち,⼋柱の⼥神については近く侍らせ神業に奉仕させ,この他七十二柱の比女神は紫微宮界の東⻄南北,遠近の国⼟に配りおいたとある。とすると,正妃高野比女の神以外に八十柱の比女神が存在することになる。これを王仁三郎や筆録者は,どのように考えたのか。何か謎があるのかわからない。

(2) 記紀の「香具の木の実」
 第七十三巻第九章「香具の木の実」には,太元顕津男の神の活動に伴う八十の比女神誕生の由来が記されている。まずは,用語「香具の木の実」の由来について確認したい。岩波書店日本古典文学大系『古事記祝詞』(第14刷,1970)垂仁天皇朝の多遅摩毛理たぢまもりの段p. 203の関連部分を引用する。

垂仁天皇朝多遅摩毛理たぢまもりの段はじめ 引用開始————————————————
 又天皇,三宅の連等の祖,名は多遅摩毛理たぢまもりを常世の国に遣はして登岐士玖能迦玖能木實(登より下の八字は音を以ゐよ。)を求めしめたまひき。故,多遅摩毛理,遂に其の國に到りて,其の木實を採りて縵八縵かげやかげ矛八矛ほこやほこきたりし間に,天皇既にかむあがりましき。爾に多遅摩毛理,縵四縵かげよかげ,矛四矛を分けて,大后に,獻り置きて,其の木實をささげて,叫びきて白ししく,「常世國の登岐士玖能迦玖能木實を持ちて参上りてさもらふ。」とまをして,遂に叫び哭きて死にき。其の登岐士玖能迦玖能木實は,是れ今の橘なり。此の天皇の御年,壱佰伍拾参歳ももあまりいそぢまりみとせ。御陵は菅原の御立野みたちのの中に在り。
垂仁天皇朝多遅摩毛理の段はじめ 引用終了————————————————

 この引用部分について,必要と思われる注記を再掲したい。
三宅連: 姓氏録右京諸蕃の新羅の部に,「三宅連。新羅国王子,天日桙命之後也。」とある。
多遅摩毛理: 書記には田道間守と記し,「是三宅連之始祖也。」とある。天之日矛の玄孫で,その出自は応神天皇の条に詳しく見えている。垂仁紀九十年の条に「天皇命田道間守,遣常世国,令求非時香果。今謂橘是也」とある。
常世の國: 遠く離れた海のあなたの不老不死の理想郷。記伝には「此は新羅の國を指て云るなるべし。」と言っている。済州島あたりではなかろうかという説もある。
登岐士玖能迦玖能木實: (補注四七の途中p.349から引用)。香りのよい菓物の意で,橘をトキジクノカクノコノミと言ったのは,それが時ならぬころにもいつもある香りの高い菓物であるからである。万葉巻十八,大伴家持の「橘歌一首」には次のように歌っている。「かけまくも,あやに畏し,皇神祖(スメロギ)の,神の大御世に,田道間守,常世に渡り,八矛持ち,参出来し,時じきの,かくの木の実を,かしこくも,遣したまへれ,(中略)あゆる実は,玉に貫きつつ,手にまきて,見れども,飽かず。(中略)み雪降る,冬に到れば,霜置けども,その葉も枯れず,常磐なす,いや栄はえに,然れこそ,神の御代より,よろしなへ,この橘を,時じくの,かくの木の実と,名づけけらしも(四一一一)。
縵(カゲ): 記伝には蔭橘子(かげたちばな)というもの,矛は矛橘子というもので,前者は枝ながら折り採って葉をつけたままのもの,後者はやや長く折った枝の葉をば皆取り去って実だけをつけたものであろう。

(3) 王仁三郎の和光同塵観 

 他方,皇道大本の根本目的について書かれた,出口王仁三郎全集第一巻皇道編(萬有社,1934)の第十章「皇道維新に就いて」の(十二)(第十二節)には,王仁三郎による歴代天皇の和光同塵的政策批判が示されている。この前半p.364を次に引用する。

皇道維新に就いて(十二)前半 引用開始————————————————
 崇神天皇が御代を初国所知,はつくにしらしゝ御真木天皇みまきのすめらみことと稱へまつつた理由は,世界的経綸けいりんの端緒を初め給ひし天皇とふす意義である。畏くも歴代の天皇は,この和光同塵の政策を奉體し給ひて、内治外交を経綸けいりんし給ふたゆへに,垂仁天皇すゐにんてんわうてうには三宅連等むらじとうの祖なる多遅麻毛理たぢまもりをして常世国とこよのくになる海外諸邦所謂世界一週を為さしめ給ひ,次で景行けいかう天皇の御宇ぎようには,日本武尊をして内国経綸を実行せしめ給ひて,専ら外国の来享らいきやうを期待し給ふたのである。
 仲哀天皇の経綸的精神は大正維新の皇謨くわうぼを垂示し給ふ所にして,拙著「世界の経綸けいりん」に其大要を述べてあるから就て見られたい。応神天皇の御宇に百済國より,王仁わに博士来朝して論語及び千字文を献上し、其他衣食の産物を調貢せしめられた。また天之日矛あまのひこは国津寳と称する河圖洛書(著者追加:かとらくしょ hé tú luò shū)の原本を輸入して来たのである。
皇道維新に就いて(十二)前半 引用終了————————————————

 記紀に記されたように,トキジクノカクノコノミは,垂仁天皇の時代に,理想郷である常世の国からヤマトにもたらされた不老長寿の木の実である。つまり,ヤマトのものではない。天の世に,主の神が手握り玉の清水に濯ぎ御息を吹きかけ給ひて成り出でた女神が八十柱の比女の神であるから,『天祥地瑞』ではヤマトとヤマト外の両者が繋ったことになるのである。

 主神に最も近い『天祥地瑞』の立役者太元顕津男の神による国生み神生みの旅での神業の協力者は,常世の国の寳(たから)から成出でた比女神であった。これと,皇道維新での和光同塵批判とどう繋がるのか。

 『霊界物語』では常世の国は決して理想郷ではない。太元顕津男の神による国生み神生みの旅は,単に主神の世界の手放しの肯定的展開とは思えないのである。『霊界物語神系説明書』の「二 国祖の神政より御隠退まで」でも述べたように,稚姫君命の第三女常世姫を妻とする八王大神常世彦は常世国(北米大陸)にあって国祖を隠退せしめたのである。なお,この稚姫君命や国祖は大本の開祖である出口直,そして『天祥地瑞』の天之道⽴の神に繋がっている。

以上,Jun. 23, 2021記。Jul. 3, 2021追記。

(4) 『霊界物語』の「香具の木の実」

 『霊界物語』に,香具の木の実の記事があるかを,王仁DB https://onidb.info/で検索し,2件がヒットした。

1 霊界物語 第15巻 如意宝珠 寅の巻 第1篇 正邪奮戦 第6章 北山川〔573〕
2 霊界物語 第32巻 海洋万里 未の巻 第3篇 瑞雲靉靆 第15章 万歳楽〔906〕

 2は,王仁三郎の「香具の木の実」観を知る上で重要である。この第三十二巻では,神素蓋鳴大神の守護のもと主として言依別命と国依別命そして大神の八人乙女の末っ子末子姫などの南アメリカ大陸と目される高砂島での活躍が記されている。本巻第四篇「天祥地瑞」には,神素蓋鳴大神により末子姫の夫に国依別が定められるというような内容がある。

 第3篇 瑞雲靉靆 第15章 万歳楽,の中に,「末子姫は,言依別命一行の凱旋を祝し,金扇を拡げ,自ら歌ひ自ら舞ひ給ふ」で始まる歌があり,その終わりにあたる部分を次に引用する。

第3篇 瑞雲靉靆 第15章 万歳楽 一部 引用開始————————————————
兎の都に祀りたる 瑞の御霊の月の神
尊き御稜威を畏みて 帽子ケ岳の頂上より
琉と球との霊光を 照り合はしつつ永久に
百の霊を治めまし 凱歌をあげて今ここに
帰り来ませる嬉しさよ あゝ惟神々々
御霊幸はひましまして ウヅの都は永久に
治まる常磐の松代姫 清くすぐなる竹野姫
梅ケ香姫の一時に 御稜威も開きて桃の実の
大加牟豆美(おほかむづみ)と現れまして
黄泉戦に大殊勲 立てさせ給ひしその如く
末子の姫を始めとし 言依別や国依別の
貴の命の御功績 天地と共に永久に
月日の如く明かに 照らし給へよ天津神
国津神たち八百万 国魂神の竜世姫
月照彦の御前に 末子の姫が慎みて
請ひのみまつり三五の 神の教はいつ迄も
すぼまず散らず時じくの 香具の木の実の花の如
薫りしげらせ給へかし あゝ惟神々々
皇大神の御前に 言霊清く願ぎまつる
第3篇 瑞雲靉靆 第15章 万歳楽 一部 引用終了————————————————

 『霊界物語』のなかで,三五の道の実現の大団円の部分での,「香具の木の実(の花の如)」の用法には,もちろん,否定的なものは一切無いことが理解できる。

(5) 桃の実と香具の木の実

 図2右図の神系図での天之峯火夫の神に始まる神々は,言霊の発生過程から生まれたものである。それに対して,八十柱の比女神は,香具の木の実に主神の息吹が関わることで生まれたものであり,大きな違いがある。

 主神は宇宙発生以来,生まれ,展開してきたものであるが,「香具の木の実」の造り主かどうかはわからない。上記引用の初めの部分に,

ウヅの都は永久に
治まる常磐の松代姫 清くすぐなる竹野姫
梅ケ香姫の一時に 御稜威も開きて桃の実の
大加牟豆美(おほかむづみ)と現れまして
黄泉戦に大殊勲 立てさせ給ひしその如く

とあるが,前記の岩波書店日本古典文学大系『古事記祝詞』(第14刷,1970)伊邪那岐命と伊邪那美命黄泉国の段pp. 64-65で,黄泉国から伊邪那岐命が伊邪那美命から逃げ還る途中の様子についての記事で,大加牟豆美(おほかむづみ)に注目して,次に引用する。

伊邪那岐命と伊邪那美命黄泉国の段pp. 64-65 引用開始————————————————
且後またのちには,其の八はしらの雷神に,千五百ちいほ黄泉軍よもついくさを副へて追はしめき。爾に御佩はかせる十拳とつかの剣を抜きて,後手しりへで布伎都都ふきつつ(この四字は音を以ゐよ)逃げ來るを,猶追ひて,黄泉比良よもつひら(この二字は音を以ゐよ)坂の坂本に到りし時,其の坂本に在る桃子三箇もものみみつを取りて,待ち撃てば,ことごとげ返りき。爾に伊邪那岐命,其の桃子もものみりたまひしく,「汝,吾を助けし如く,葦原中國あしはらのなかつくにに有らゆる宇都志伎うつしき(この四字は音を以ゐよ)青人草の苦しき瀬に落ちてうれなやむ時,助くべし。」と告りて,名を賜ひて意富加牟豆美命おほかむづみのみこと(意より美までは音を以ゐよ)とひき。
伊邪那岐命と伊邪那美命黄泉国の段pp. 64-65 引用終了————————————————

 この引用部分の注記を再掲する。

千五百: 大勢の。
坂本: 坂のふもと。
宇都志伎: 現実の。
意富加牟豆美: 『古事記伝』に「大神之実」の意とあるが不明。

 次は,國學院大學古事記学センターの神名データベース http://kojiki.kokugakuin.ac.jp/shinmei/okamuzuminomikoto/ の最終部分の引用である。

國學院大學古事記学センター 意富加牟豆美命 引用開始————————————————
 また、道教では、桃の実は不老長寿の仙果として貴ばれており、神仙思想・道教の日本神話への影響も考察されている。日本では、一方、桃が雷除けの効能を持つともされており、中国や朝鮮半島には見いだされない独特の信仰であると指摘されている。その起源を陰陽五行説の介在によるものと考える説があり、記紀神話で桃によって雷神を退散したというのも、その影響ではないかと論じられている。
 日本で桃の栽培は弥生時代頃にはなされていたようである。奈良県桜井市の纏向遺跡からは、大型の建物の土抗から、2~3世紀頃の、栽培種と判断される桃核(種)が2800個近く出土している。古墳の横穴式石室からもしばしば桃核が見つかっており、その事例は6世紀末~7世紀初頭の推古朝前後に集中し、特に、当時の有力者がその被葬者に推定される第一級の首長墓に多いことが指摘されている。これは単なる食物供献とは考えにくく、辟邪や神仙思想にまつわる呪物としての意味があるとも考えられているが、推古朝前後に事例が集中するのは、朝鮮や隋の儀礼が意識されるようになった結果、儺や桃果の投擲のような桃を用いた儀礼が行われたものではないかとする説がある。
國學院大學古事記学センター 意富加牟豆美命 引用終了————————————————

 桃の実が,悪霊を撃退する霊力を持つという信仰は,神仙思想から生まれたものと考えるのが適当であろう。桃太郎伝説の鬼退治もそれに類すると考えられる。その用語が,大加牟豆美または意富加牟豆美であり,それに類する霊力を持ちうるのが香具の木の実であり,いずれも記紀に由来している。王仁三郎による『霊界物語』,『天祥地瑞』はその流れの上にあることは間違いない。

 伊邪那岐命が,黄泉国からの悪霊の追撃を免れたのは,黄泉国と現界の境に位置する黄泉比良坂のふもとに生まれた桃子三箇と出会えたからであり,桃子の霊力は,現界のいわば果てにある常世の国からもたらされた香具の木の実と霊力と重なるように思われるのである。

(6) 香具の木の実から生まれた八十柱の比女神の意義

 伊邪那岐命と桃の実の関係と,主神と香具の木の実との関係は類似する。いずれの実も,神の意思で生み出されたものではない。神が造り出した世界とは別の世界から持ち来たったものである。言い換えると,『天祥地瑞』での香具の木の実から生まれた八十柱比女と太元顕津男の神との間の神生み国生みは,和光同塵そのもののように見える。それは,王仁三郎自信が大陸からもたらされた千字文を使って著作物を残していることにも現れている。

 天之道⽴の神の姿勢こそ,和光同塵忌避であり,太元顕津男の神は,和光同塵を主神の指示に従って実行しているのである。この関係は,開祖と聖師との関係に類似している。聖師は開化天皇を祭神とする小幡神社の氏子である。開化天皇は,和光同塵策を始めた崇神天皇の一つ前の第九代天皇である。王仁三郎の思いは開化天皇にあり,和光同塵策が誤りであることを認識しつつも,涙をのんで和光同塵策を実行してゆくことになった。その神業が太元顕津男の神の国生み神生みの旅であった。

 ただ,これまでの和光同塵ではなく,主神の思い描く理想世界を生み出すモデルの提示である。『天祥地瑞』の神生み国生みの記述部分については,幽の幽の世界の出来事ではなく,これから主神が理想世界つまり,ミロクの世を生み出す予言書なのではないかと,ぼくは考えている。

以上,Jun. 25, 2021記。Jul. 3, 2021追記。

11 国生みの旅 未完

 太元顕津男の神の国生みの旅と,八柱の女神の一神である朝香比女の神の太元顕津男の神を慕っての旅は,『天祥地瑞』の最も中核的部分であり,最も多くの紙数が割かれている。この章では,太元顕津男の神の国生みの旅の理由が述べられる。この国生みの旅の前までは,言霊の活用に限られていて,いわばドラマ性が無い。太元顕津男の神だけでなく,朝香比女の神による国生みの旅にこそ,読者の理解の強い取っ掛かりがある筈である。

(1)高日の宮(高照山)に始まる国生みの旅について,茫漠たる霊国での出来事

今後,8,9章の完成,さらに言霊学などについて述べる。木庭次守の理解についても示したい。