0. はじめに

 最初のデジタル化,英訳する対象として,このテーマを選んだ。これは,第二次大本事件の証拠資料として提出されたものであり,聖師出所後,聖師によって「あゝ王仁が書いたのか」とされたものである。さらに,この内容は霊界物語の中軸を示したもので,メーンキャストの繋がりが一目瞭然となっている。

 英訳をする上で,かなりの困難に直面するであろうが,全体像に取り組むことができるので,英訳での首尾一貫性も生まれると思う。このページには,テキストの入力過程で生じる疑問や,英訳に関する工夫なども示したいと思う。

 元文献の入力結果と英訳は,いずれもAdobe Portable Decumnets Format (PDF) ファイルで提供する。さくらサーバーでのWordPressは1ファイルあたり5MBに限定されている。それゆえ,新たなWebサイトが必要で,SeaMonkeyで作成して,この新たなWebサイトにアップロードし,このWordPressからのリンクを張っている。他方,キンドル版での無料公開も予定している。

1. あゝ王仁が書いたのか(霊界物語三神系時代別活動表)

 「木庭次守編,1988. 『新月のかけ』(p. 263-264)」の「あゝ王仁が書いたのか(霊界物語三神系時代別活動表)」を以下,引用する。八幡書店から発行されている木庭次守編『新月の光』でも見ることができ,下記はそのテキストを利用している。一部,元晴が修正(削除追加)している。八幡書店から購入できない場合は,当方に在庫があるので,当方にご連絡頂きたい。実費でお送りします。Jul. 19, 2020記

以下引用————————————————
 聖師様が昭和十七年八月七日、八年の拘置生活を過ごして、保釈で出所されて、亀岡の中矢田の大本農園の有悲閣二階に、夫人の二代教主と住居されました。「木庭に会いたい」との使者がありましたので、参上致しました。京都地方裁判所に証拠として提出した「霊界物語三神系時代別活動表」を差し上げますと、掛図になっている表をひらいて御覧になり、「アア王仁が書いたのか」と喜んで受けとって頂き、床の間にかけられました。
 思えば昭和十三年の秋のこと、京都市中京区高倉通丸太町下ルの赤塚源二郎弁護士の裏にあった、大本裁判事務所で、弁護の事務に従事していた。ところが赤塚弁護士から木庭に「林逸朗弁護士が、京都に下宿して、大本の文献を皆読破して弁護をするといって着手されたが、『霊界物語』第一巻を半分読まれて、「大本は神様が多すぎる。神様の系図をつくらぬと弁護は出来ない」と東京に帰ってしまったから、木庭さんが、『霊界物語』の神様の系図をまとめてもらいたい」とのことであった。
 私は早速引きうけて、『霊界物語』の拝読にかかりました。私は大本第二次事件で検挙拘留されるまでに、二回しか読了していませんので、三回目の拝読によってしましたが、神系表はなかなかまとまらなかった。ある日赤塚弁護士に招かれて行きますと「明日出来ないと証拠提出の日がなくなる」とのことであった。
 その夜、下宿(京都市左京区松ケ崎正田町二十一番地の児島広光氏宅)で、著者の出口王仁三郎聖師に対すべく,瑞霊苑のみろく神像の写真を御神体として,真剣に祈っていますと、頭の上から、不思議な尊い力が、グングンと這入ってまいりました。これこそ聖師の聖霊の帰神だと感じまして、たちまちすぐに墨をすって、筆をとって,一晩で「霊界物語三神系時代別活動表」を書きあげました。て、翌日,赤塚弁護士へ手渡し致しますと、した。その後,すぐに赤塚弁護士は裁判所に提出した。て帰り、その際に,庄司直治裁判長「よほどふるい信者が書いたのでしょうと言っていましたよ」という感想を洩らししたと,赤塚弁護士からお聞きしたのことであったさらに説明書も書いてほしいと依頼されのことで、同説明書を書きました。
 神がかり状態で、一晩で書きあげられたのは、全く出口王仁三郎聖師の聖霊の感応と思っていましたが、聖師様に差しあげたところ、一目見て「あゝ王仁が書いたのか」と申されたので、益々確信を得ました。
 私にとって「霊界物語三神系時代別活動表」は、聖師の聖霊にみたされて書かされた上に聖師自ら校閲して頂いた尊い文献である。
引用終わり————————————————

 この引用文中の活動表とその説明書が,リンクする予定のファイルである。ぼくは,父に神様の存在を確信した体験を尋ねたことがあった。上述の「頭の上から、不思議な尊い力が、グングンと這入ってまいりました。これこそ聖師の聖霊の帰神だと感じまして」の部分に関連してであるが,実は「瑞霊苑のみろく神像が小さくなって眉間(みけん)から入った」という体験を伝えてくれました。

 これに関連して,次の三つのタイトルがある。まずは,「月日のお蔭で眼が見える」(p. 173)

以下引用————————————————
 昭和十三年のことである。大本事件の弁護の方針がたず、困っていた時のこと。下宿の床の間に、熊本県三玉村の聖師と等身大のミロク神像の写真を額に入れて礼拝していたが、その由を真剣にお願いした。
 その夜の夢に暗い中から「月日のお蔭で眼が見えるのに、自分が見えると思っている」と大きな声が聞こえて眼がさめた。その意味が判らずに、朝の礼拝中に「その意味を知らして下さい」とお願いしていると、「大本の日は開祖であり、月は聖師である。弁護には、開祖と聖師の文献だけを使うように」とのことが判った。弁論の方針を証拠には開祖と聖師の文敵だけを使うこととした。
 後日、神諭に関する書類証拠を作成することとなり、早速、共同墓地に移された綾部の開祖の奥都城に参拝して、その由を祈願したところ、たちまち啓示があった。それより大声で『神霊界』掲載の「大本神諭」を音読した。その中「ふでさき」があって
 「つきひのおかげでめがみえるのに、いまのじんみんわわれがみえるようにまんしんいたしてをるぞよ」とあるのには吃驚してしまった。闇の中から夢の中で聞こえてきたのは、艮の金神の雷声であったのである。この弁論の大方針によって、証拠を提出し、弁論要旨を作成することができたのである。
引用終わり————————————————

次に,「木庭に言ってある」(昭和十九年)(p. 446)
以下引用————————————————
 内海健朗氏が家(亀岡町横町一番地、大審院大本裁判事務所の高橋法律事務所)にみえて、「聖師様におたずねしたら、皆、木庭に言ってあるから、木庭に聞くようにと言われるから聞きにきた」と申されますが何のことか判りませんので、「私は判りません」と申しますと、木庭の膝を叩いて「聖師様が今申されたから来たのだ」と言われますが、はっきり致しませんので、お答えすることが出来ませんでした。後日、天恩郷の照明館におられた内海氏へ「霊界物語三神系時代別活動表」を差し上げますと、「私が聖師様におたずねしたのはこの事だ」と大変喜んで頂きました。
 聖師が昭和十七年八月七日、大本農園に保釈出所帰宅されてからは、昭和二十三年一月十九日御昇天まで、始終お会いしては、度々数時間にわたり、御教示を拝受したことは実に有難いことでありました。
引用終わり————————————————

 内海健郎氏は,ネット情報によれば,合資會社内海組代表で海軍などに艦船も寄付している。当時の大本幹部の一人である。

最後に,「弁論要旨」(大審院上告申請書など 昭和十九年)(p. 446-447)

以下引用————————————————
 「大本教義と予審終結決定教義」を昭和十四年四月に弁護士十六人に配布しますと、大阪の三木善建弁護士が忽ちみえて使わしてほしいとの申し出があり,それに快諾しました。これに基づいて作成された弁論要旨を見せて項き多少訂正させて頂きました。それがのを、第一審の弁論に使われました。
 控訴審の弁論にあたっては、信者の弁護士へは受持の弁護の資料を提供した。三木善建弁護士は大阪から、木庭の住所(京都市)まで通うから、すべて口述してほしいとて、大阪から木庭のところまで通われて、木庭の口述を三木弁護士が筆記し騰写して、裁判長に渡し読みあげて弁論をされた。
 大審院の弁護の上告趣意書も、三木善建弁護士は今度は、大本農園の聖師の家に宿泊して、亀岡町横町の木庭の家に通って、木庭の口述を筆録して完成させられた。聖師の御守護のたまもので、弁護士の疑問に即答し、文献を明示することが出来た。
 控訴審の弁論要旨と大審院の上告趣意書の中の、三木善建弁護士受持のものは、すべて木庭次守の口述、三木善建氏の筆録によって完成したものである。
引用終わり————————————————

 以上,第二次大本事件の「教え」に関わる裁判資料は,木庭次守が作成したことがわかる。第二次大本事件が始まる昭和十年には若干十八歳,昭和二十年では二十八歳。ただただ驚くが記憶力,体力の点では最高の時で,父は第二次大本事件で貢献することができ,その機会を得て,聖師の文献を学び習得した。この世に生まれた者として幸運だったと思う。

Jul. 19, 2020記

2. 神系の英語表現

 『霊界物語』には,多数の神々が登場する。聖師の教えは独一真神Godであるが,その活動のかたちとして多数の神々が表れるのである。その個々の神々の系列をここでは三つの神系に分けている。
 神系の「神」についてgodを使うかデーアテーdeityを使うかであるが,deityの第一義に,多神教polytheistic religionでのa god, goddessを指し,性別が無いので,deityを使うのが便宜上,適切と思われる。
 神系の「系」は,系統を意味する。発生,血縁,相続というような狭い意味だけではないので,活動の繋がりを含意させるためには,リニージlineageがいいように思われる。Webster’s New Dictionary of Synonyms 1984によれば,”Lineage stresses descent in a line; it evokes therefore the image of a list of persons who in order of generation are descended from a single ancestor.”とある。
 その結果,三神系は,three lineages of deitiesとなる。それゆえ,三神系時代別活動表は,the activity chart of three lineages of deities in chronological orderとなる。霊界物語の英語表現はすでに以前作成した次のページに掲載しているが,ここでは,読みそのまま,”Reikaimonogatari”,で表現する。これを入れると,次のようになる。the chronological activity chart of three lineages of deities in “Reikaimonogatari”.

以上,Jul. 19, 2020記 他事があって次にこのサイト作成に戻れるのは未定。

3. 霊界物語神系説明書の一応完成

書誌:木庭次守編,1941提出, 1951改訂. 霊界物語神系説明書.第二次大本事件控訴審裁判資料大本神系説明書第一編, 目次+追記+pp. 1-34. 添付資料: 霊界物語三神系時代別活動表(昭和26年12月28日改訂).

 解説書と霊界物語三神系時代別活動表の再入力に,8月18日から本日の9月21日までの1カ月余りを要した。この『大本神系説明書』は二部からなり,ここで公開するのは,その前半である。後半は天祥地瑞に関わるものである。今後の作業の流れを把握するためにも,一旦,この前半での入力作業の完成に合わせて,ファイルのアップロードなどを実施した。説明書はMicrosoft Wordをキンドル版用の書式にして作成している。ボランティア活動に区切りがつけば,キンドル版を公開したいと思っている。

 活動表は,現在の常識では表ではなく図にあたる。エクセルなどの表作成ソフトでは作成できず,Adobe Illustratorで5図に分けて作成した。aiファイルをpdf/x形式に変換し,5図を1ファイルにまとめた。キンドル版での図の組み込みを実施していないので,図のプレゼンについての適切な形は未だ不明である。

 今後,この資料を英訳し,キンドル版でも公開する予定にしている。さし当たり,文書ファイルと図ファイルをアップロードした。今後,修正する可能性は高いと思うが,そういった作業をまずは始めることができた。このWordPressを使ったWebサイトでは,5MB以上をアップロードできないので,5MBより小さなファイルでもこの木庭次守の文献は,当方が用意した次のサイトにアップロードしてゆく。

https://crescent.motochan.info/

<木庭次守編,1941提出, 1951改訂. 霊界物語神系説明書.第二次大本事件控訴審裁判資料大本神系説明書第一編, 目次+追記+pp. 1-34.> 監修者編集済みPDFファイル Oct. 21, 2020updated

https://crescent.motochan.info/onisaburo-portfolio/3LineagesDeities_Booklet_Oct21_2020.pdf

Koba, Tsugimori, ed., 1941submission, 1951 revised. The guidelines on the chronological activity chart of three lineages of deities in the “Reikaimonogatari”, the 1st edition. The 2nd Oomoto fact review by appellate court on an appeal trial data. Not ready.

<霊界物語三神系時代別活動表(1951年12月28日改訂)> 監修者編集済みPDFファイル Oct. 23, 2020updated

https://crescent.motochan.info/onisaburo-portfolio/Fig_3LineagesDeitiesBindedv3.pdf

Koba, Tsugimori, ed., 1941submission, 1951 revised. The chronological activity chart of three lineages of deities in the “Reikaimonogatari”, the 1st edition. The 2nd Oomoto fact review by appellate court on an appeal trial data. Not ready.

以上,Sep. 23, 2020記

 やっと,ガリ版刷資料のスキャンをして,当方ファイルサーバーにアップロードすることができた。ブラザーA3複合機MFC-J6997CDWで,縮小(86%),地色除去コピーではモノクロコピー強,画質はテキスト,でまずはA4コピーして,それを富士通Scansnap S1500Mに通してスキャンした。自動で各ページが縦と横が混在したので,Adobe Acrobatで横方向にすべて揃えている。下記サイトにその方法が紹介されている。

https://acrobat.adobe.com/jp/ja/acrobat/how-to/rotate-pdf.html

<木庭次守編,1941提出, 1951改訂. 霊界物語神系説明書.第二次大本事件控訴審裁判資料大本神系説明書第一編, 目次+追記+pp. 1-34.>

https://crescent.motochan.info/onisaburo-portfolio/Reikaimonogatari_shinkei_byKobaTsugiori1951.pdf

<霊界物語三神系時代別活動表(1951年12月28日改訂)>

https://crescent.motochan.info/onisaburo-portfolio/3shinkei_scan_binded_byKobaTsugimori1951.jpg

Oct. 23, 2020記

修正start ver.02: Oct. 21, 2020————————————————

 最初のアップロード(ver01)後,はじめての修正ファイルをアップロードする。三神系表の当方の誤解によるミスである。「二 国祖の神政より御隠退まで」以下のすべてに渡る。三神系分類は,正しくは,霊主体従(ひのもと),体主霊従(われよし),力主体霊(つよいものがち),であるが,ver01では,三番目の力主体霊を,力主体従としてしまった。「力」(りょく)は霊界物語では,本来,ネガティブな意味ではない。力徳(りきとく)は,「霊界物語小事典によれば,霊と体の結合によって生まれる神力。宇宙主神の御神力,御神徳」。さて,力主体霊(つよいものがち)の「力」はその意味では無くて,武力(ぶりょく)を意味している。

 霊界物語第3巻「あとがき」,これは筆録者によって書き留められたものである。霊界物語「あとがき」は,飯塚弘明氏の電子化過程で,冒頭に移動され,「凡例」とされている。霊界物語第3巻「あとがき」は,次のページに掲載されている。このうち,本題の力主体霊の部分を引用したい。校定版に合わせている。

 霊界物語第3巻(前付)凡例 https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm030002

「つぎに大自在天は、力主体霊(りよくしゆたいれい)(つよいものがち)であつて、仏典によりますと波羅門教徒は、この神は世界万物の造物主であり、また世界の本体であり、この神の支配のままに吾人苦楽の果報が割り当らるるのであるといつて、あらむ限りの崇拝の的としてをるのであります。ところが仏教が起つてから後といふものは、大自在天神と命名されて、やうやく第六天の統治者として、きはめて平凡な取扱ひを受くるものとなつたのです。」

 同巻「序文」の大自在天の関連部分を次に示す。

霊界物語第3巻序文 https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm030001

 「この物語のうちに大自在天とあるは、神典にいはゆる、大国主之神(おほくにぬしのかみ)の御事であつて、大国彦命、八千矛神、大己貴命(おほなむちのみこと)、葦原醜男神(あしはらしこをのかみ)、宇都志国魂神(うつしくにたまのかみ)などの御名を有したまひ、武力(ぶりよく)絶倫の神にましまして国平矛(くにむけのほこ)を天孫にたてまつり、君臣の大義を明らかにし、忠誠の道を克(よ)く守りたまふた神であります。本物語にては大自在天(だいじざいてん)、または常世神王(とこよしんわう)と申しあげてあります。
 大自在天とは仏典にある仏の名であるが、神界にては大国主(の)神様さまの御事(おんこと)であります。この神は八代矛(やちほこ)の威力をふるつて、天下を治めたまうた英雄神である。
 皇祖の神は、平和の象徴たる璽(たま)と、智慧の表徴たる鏡とをもつて、世を治めたまふのが御神意である。
 故に我が皇孫命(すめみまのみこと)の世界統御の御神政は、飽く迄も道義的統一であつて、武断的ではないのである。故に天津日嗣(ひつぎ)天皇の世界御統一は、侵略でも征伐でもない、併呑でも無い、皇祖大神の大御心を心とし玉ふたのである。劍(つるぎ)を用ゐ玉ふは、変事に際してのみ其神聖不可犯の御威力を発揮し玉ふので、是又止むを得ざるに出でさせ玉ふ御神業であります。決して大自在天的武力統一ではない、御仁慈(ごじんじ)の御政治(ごせいぢ)であります。」

 なお,この引用の最終段落は,校訂本には記されていない。王仁校正本から飯塚弘明さんが抽出されたものである(元晴確認)。この段落の省略が可能な者は,王仁三郎か三代教主である。すでに王仁校正本は当局によって押収されているから,第二次大本事件の最中の王仁三郎が未決から出てからの削除ではない筈である。

 校正本の『霊界物語』第三巻霊主体従寅の巻の奥付を見ると,大正十一年三月三日初版発行,昭和三十四年七月廿八日普及版発行,昭和四十二年九月八日校定版発行,となっている。この段落の削除は,昭和三十四年普及版か昭和四十二年九月八日校定版に実施されたのであり,その削除を指示したのは三代教主であっただろう。誰かの入れ知恵で,次の事件を恐れての判断であったのだろう。

 この問題はさておき,この削除された段落から,皇道大本の主旨の一部が強く私の心に伝わってくる。この序文には,大正十一年(西暦1922年)一月三日王仁識,と署名されている。昭和六年(西暦1931年)の満州事変に始まる敗戦までの,十五年戦争(鶴見俊輔の命名か)に対する批判ではなく,日清戦争(西暦1894〜1895年),日露戦争(西暦1904〜1905年)に対してすでに指弾しているのである。開祖が日清戦争(武田崇元,2013. 『新約 出口王仁三郎の霊界からの警告』,学研パブリッシング,pp. 82-88.)について,聖師が日露戦争(武田崇元,2013, pp. 98-104.)について,開戦と勝利の極めて具体的な予言などをしたことで軍人が多数入信を果たすのであるが,開祖や聖師の思いからすると,両戦争については,やむを得ない戦いであったのであろう。ただ,殺戮と戦争について,この時代ながら,肯定的な姿勢では無いことが理解できる。

 「王仁校正本」については,いづとみづの「王仁三郎PRT ONISAVULO Progress Team」によって,その忠実な出版意図から,出版が試みられた「出口王仁三郎著 霊主体従 寅の巻」のまえがきを,次に裏書きを含めて,引用する。

研鑽用 霊界物語 霊主体従 寅の巻 第三巻
平成二十二年(二〇一〇)年三月三日 初版第一冊発行
著者 出口王仁三郎
発行 王仁三郎PRT ONISAVULO Progress Team
取次所 〒九三九ー一六七五 富山県南砺市祖谷二七五 福光分苑 Tel/Fax 0763-52-2321
印刷所 有限会社 山田雲煙堂印刷所

聖師様の王仁校正本とは 「王仁校正本」は,聖師さまがご在世中に出版された『霊界物語』のうち,第一巻から第七十二巻について,昭和九年五月から昭和十年六月までの間,「昭和神聖界」の全国各地支部の発会式に臨席されるため飛び回れていた汽車の中で,あるいは旅館で自らペンを執られ削除,訂正,加筆された『霊界物語』のことだ。その原本は,昭和十年十二月八日に起きた「第二次大本事件」で検察側証拠品として押収された。が押収されたが為に残されることになり,そして幸いにも戦後その原本は大本教団に返還されたが,残念なことに原本のうち第一巻,第二巻そして第二十七巻は昭和二十五年十二月三十日,亀岡天恩郷事務所の火災の際に焼失してしまった。残部は,現在宗教法人「大本」で保管されている。
 ところで戦後出版された『霊界物語』は全て『王仁校正本』を底本とし編集出版されている。だが「王仁校正本」は忠実に復刻されず,それぞれの編集方針によって改変されたうえで出版されている。
 そして,「大本」教団が昭和四十二年八月から『霊界物語』(校定版)を刊行した際,その編集責任者の一人であった故木庭次守氏が,後に「日本タニハ研究所」を創設し,この「王仁校正本」原本のコピーを保持されていた。

 この霊主体従(寅の巻)では,聖師が「本巻の校正いよ〃九刕日向の国宮崎市の旅館に移る 昭和一〇・一・十九 早朝」とあるが(九刕は九州),「いよいよ」は,to the last extremity,の意味だろうから,完了したという意味である。なお,この寅の巻校正完了の一月十九日は,聖師昇天の日である。この入筆は昭和七年四月三十日付発行の第三版紙上に記されている。

修正end ver.02: Oct. 21, 2020————————————————

修正start ver.03: Oct. 23, 2020————————————————

 父が作成した裁判資料該当資料をアップロードする準備をしていたら,その三神系時代別活動表自体に,力主体従,とされていた。ぼくはこの資料だけを見ていたので,『霊界物語資料集』や『霊界物語小事典』に折り込まれている活動表は,力主体霊,になっていたことに気付かなかった。後者を元に作成されたものが八幡書店刊行『霊界物語ガイドブック』である。未決から出獄された聖師に掛け軸にしたものを父が見せているのだから,その際に,聖師は誤りに気付かれたか気付かれなかったのか。とにかく,「あゝ王仁が書いたのか」というお言葉を頂いている。

 改めて,裁判資料該当資料と,『霊界物語資料集』『霊界物語小事典』を比較すると,いくつか違いがあるが,手書きの方がまずは勢いがある。心に伝わってくる。いくつか,違いを示すと,

後者で,「大洪水」と「黄泉比良坂の戦」の間の領域で,「野立姫命の延長線」が,「中央の縦の二重線から左方向に延びる線」によって抑止されている。これは誤りで,「野立姫命の延長線」はそのまま鉛直方向に続いてゆく。「中央の縦の二重線から左方向に延びる線」には前者では,「言霊神軍」の属性情報が付せられていたが,後者では脱落している。

前者には「力主体霊」以外にもケアレスミスがあり,後者では「天恩郷」が「顕恩郷」に修正されている。

前者では,最上部分の天之御三体之大神の領域が,伊邪那岐,伊邪那美,天照,だけでなく,素盞嗚にも及んでおり,三神ではなく四神になっている。他方,「大洪水」と「黄泉比良坂の戦」の領域では,天之御三体之大神降臨には,素戔嗚が含まれていない。この齟齬にはかなり困った上,本ページで用意した<霊界物語三神系時代別活動表(1951年12月28日改訂)> 監修者編集済みPDFファイルでは素戔嗚を排除している。

 聖師の「力主体霊」の用法にケチを付けても詮無いことであるが,「力主霊従」の方が良かったかとは思ったりしている。

修正end ver.03: Oct. 23, 2020————————————————

修正start ver. 04: Oct. 23, 2020————————————————

 「五 黄泉比良坂の戦いより岩戸開きまで」の誓約で,男神5女神3の配列と名称に使う漢字を霊界物語第12巻第29章「子生(みこうみ)の誓」で示された表現にするべく一部変更などした。

修正end ver.04: Oct. 23, 2020————————————————

4. 霊界物語は予言書

 木庭次守にこのようなタイトルの論文があったかと思うが今,それには立ち入らないが,ぼく自身の課題をまずは充たすために,某氏(ご迷惑がかかるので今のところお名前を伏せる)と昨日,お会いして現在の時点で言えると了解しえたことを示したい。

 ぼくが今,かなり確証を得たことでも,このサイトで発表できることと,できないことがある。それは木庭次守の『新月かけ』でも,生前の座談なんかでもそうであろう。これから書くことは,ぼくにとっては比較的支障が無いことであるが,こだわっている人々には爆弾発言になりうると思っている。そういうリスクも感じつつ書いて行く。緊張している。敬称と丁寧語は省いた。読者からすると読みにくく,違和感も生じると考えてのことである。

 今回の作業で,霊界物語三神系時代別活動表をぼくとしては初めて辿って行く機会を得ることができた。出口王仁三郎を予言者または神として確信する人々には,何の違和感も無いであろうが,これまで大本関係者が父のこの神系図をまともに読み込むことができたのか,疑問ではある。ぼくは父への敬意を介して出口王仁三郎と対峙しているので,信仰の根幹を確信することは未だできない。信仰の無い人々がこの活動表を理解できたとしても,一笑に付すことだろう。

 父から薫陶を受けたぼくは,そう簡単に一笑に付すことはできない。それで,出口王仁三郎が少なくとも予言者であることを確認する必要がある。父によれば,その根拠は多々在るが,いま,ここでは述べない。

 大本の本来の四代教主は出口直美である。活動表にはそれは入っていない。ただ,新月のかけ,にあるように出口王仁三郎は,四代は出口直美と宣言している。厳瑞二霊の神勅であった。これが一つの内部の勢力によってひっくり返された。厳瑞二霊の否定の上に大本本部の現体制があるのは確実で,現界の大本の存在の根拠が放擲されたのである。

 王仁三郎が予言者ならば当然本人はこういう事態を知っていた筈である。ただ,王仁三郎は,生前には,もちろん,この種のことはあからさまに言うことはできない。ならば,霊界物語の口述内容に出ている筈である。そうでなければ,出口王仁三郎は予言者でもなく,神でもない。そう,ぼくは考えた。前掲の霊界物語三神系時代別活動表のpdfのうち,二頁目だけを次に示す。

二 国祖の神政よりご隠退まで,三 盤古大神の神政

 上掲の活動表には,国祖国常立尊の神政と,国祖御隠退後,大洪水までが描かれている。これを読み解く切っ掛けは,先の某氏が次のエピソードを語ったことであった。木庭次守から聞いたことである。

 三代教主略年譜には,昭和41年3月7日,亀岡市中矢田に梅松館が完成し,三代教主直日は,梅松館に移った。昭和46年8月16日には,教主補日出麿も朝陽館から移居した,と読める。その際に,日出麿は,「わしは澤田彦だあ」と,柱にしがみついて,神業の根拠地である朝陽館からの追い出しに抵抗したことを,当時の森清秀本部長がそばで見ていた。

 日出麿が,自らを三代天使長の澤田彦命と称した根拠はわからない。王仁三郎の教えか,本人の霊感からか。いずれにしろ,日出麿が,自らを澤田彦と考えていたことは確かである。

 タニハの信者達がよく大本の現状と霊界物語を結びつけた。これは父の教えからではあろう。大本が日本の雛形になり,日本が世界の雛形になる。前後はあるかもしれないが,大本を,日本,世界の雛形と考えるのである。父の言動はもちろん王仁三郎から来ている。小さな宗教団体の動きが,日本やさらには世界と繋がる。こういう考え方も,大本以外の人々からは一笑に付されることであろう。

 とはいえ,霊界物語のストーリーは大本信者からするとそういう風に読めることになる。霊界物語を読んでいると,ある国の王家の右守が左守になりたい,王に取って代わりたいとして,画策する。そこに三五教の宣伝使が現れて,その悪巧みを暴き,悪人を言向け和す。その結果,王家が三五教の神々を祀り,その国には安穏が訪れるという形がある。社会や政治認識として余りに古びていて,これも一笑に付される。ところが,このような簡単なストーリーを使って,予言を秘していると考えると,霊界物語の読み方も変わる。一笑に付すことが出来なくなる。ぼくは今,そう考えるようにした。

 霊界物語を読むとわかることであるが,王仁三郎は,厳瑞二霊さらに地方の王族や大地主などの血脈を非常に大切にしている。神系については厳瑞二霊の血脈が中心に語られる。すぐれた人材はたとえば素盞嗚尊の八人乙女と結婚をする。そうすると,血が繋がっていなくても?,物語での重要な役割がキャスティングされる。というわけで,上図の神系活動表(図)をこの観点から見る必要がある。権力嗜好でコネコネが好きな王仁三郎と考えるのではなくて,ストーリーを戯画化するのに便利だから血脈を利用している,そう考えるのである。

 逆に出口家の人々,特に教主に絡む人々は重要な登場人物になっている。そう運命づけられている。個人としてではなく,演出家である主神(すしん)の役者になっている。教団に関わる部分に関する予言を実現する使命を持っている,と私は思うようになった。

 この図の神政時代の地上最高の聖地エルサレムも,現在のちっちゃい大本の聖地と考えても,霊界物語の読み方としては,問題が無い。稚姫君命は人の形で神が現れた最初の存在とされている。国祖直系の分霊である。国祖 → 稚姫君命の下に,天使長兼宰相の初代は大八洲彦命である。これは豊国姫尊の和魂で,王仁三郎がそれである。この治世が最も永い。説明書にある理由で退き,二代天使長は高照姫命である。これは金勝要神の和魂で,教主二代すみ子にあたる。高照姫命の率いる時間は短い(第3巻第44章「可賀天下」)。その短い期間は,王仁三郎昇天後,すみ子がそのたった四年で昇天したことと符合する。満年齢六十九歳だった。三代天使長は澤田彦命でこれが三代教主直日の夫で教主補であった日出麿である。なお,このステージでは三五教などはいまだ無いから,神的組織体での神々の配列である。

 これを書いている時に,我が書斎に一陣の風が吹き,大幣が吹き飛ばされた。ぼくの原稿も吹き飛んだ。その原稿を拾い上げると,すべて,ぼくが編集したイラストレーターの図面だった。過去数十年,この部屋の大幣が風で飛ばされたことは一度も無かった。「わしは澤田彦命だあ」と,2カ月ほど前に,この知人宅に訪問すると大声で言われて,次にお邪魔した時も「わしは澤田彦命だあ」と。その後,父の原稿と図面を入力編集する過程で,その叫びと活動表が繋がって,歴代天使長の大本での対応関係に関心を持って想像をもできたのである。

 某氏が父から聞いたところによれば,四代天使長は広宗彦命で,その輔佐役は弟の行成彦命で,広宗彦命は直日と日出麿の間の長女直美の夫であり養子である出口栄二にあたる。行成彦命は広瀬静水(やすみ)に該当するという。広瀬静水は三代教主の次女の麻子(あさこ)の夫で,現五代教主(代理)の紅(くれない)は静水と麻子の間の娘である。<これについては現状からすると奇妙で,現在検証中である。広瀬静水をここに入れることは困難である。>

 聖師の『虎雄は正鹿山津見』という発言がある。『新月のかけ』下では,
○正鹿山津見・五月姫・花森彦
 ○○さんは正鹿山津見の神である。○○さんは五月姫である。○さんは花森彦命である。
(昭和二十年 山川日出子氏拝聴)

とあるが,この最初の○○は虎雄である。ちなみに,別の某氏によれば,花森彦は森良仁(よしちか)だという。
 正鹿山津見は,天使長桃上彦が失政後の,根底国に落ちていて日の出神に救われてこの名を授かった。桃上彦には三女あって,これは黄泉比良坂の戦いで活躍した三個の桃の実(第8巻第38章「華燭の典」)にあたる。虎雄も聖師とすみ子の間の娘梅野との間に三人の娘を持つ。ただ,一人目は梅野の最初の夫との間の子になる。

 なお,虎雄,栄二,静水はこの順で年齢が小さくなり,五代,四代2名,の順になっている。<この点は気になっていて,五代天使桃上彦を栄二とすると,年齢の繋がりなど改善される。栄二と直美の間には三人の娘がおり,次の六代常世彦との繋がりでも説得性が高いように思える。検証中であるが,桃の実が果たした役割など疑問が残る。>

 天使長の残りの六代 常世彦命,七代 二世常世彦命は,誰にあたるのか。これについては木庭次守は知っていただろうが,父から聞き得た人を今の所ぼくは知らない。聖子(きよこ)が直美に代わって四代になったとき,日出麿は四代代理と何度も染筆したとその某氏から聞いた。この四代代理の夫は天使長候補になる。聖子は直日の第三女。日出麿が教主補であったことからすると,聖子の夫である出口斎(いつき)は,第六代または第七代に宛てるのが妥当だ。

 このように霊界物語は,大本での道統およびその周辺の予言書とも捉えることができる。これからの,国祖御隠退をどう考えるか,さらに,盤古大神の神政,その後のエルサレムの建物の焼失,荒廃をどう見るか,王仁三郎を予言者と知る上で,霊界物語が,活歴史の書として有効であるように感じている。大本だけではなく,日本,世界の歴史をどう見るか,霊界物語を深く読んで知恵を頂きたいと思っている。

 改めて確認したいが,このようなちっちゃな大本の世界が意味を持つのは,日本,さらに世界の予言書として,霊界物語を読み解けるかどうかに懸かっている。

 大本神観は確かに,霊界物語三神系時代別活動表に現れている。大本教団の教主は,ちっちゃな宗教法人の代表者に過ぎない。この神系図の部分で言えば,開祖=稚桜姫命,聖師=豊国姫尊,二代教主=金勝要神,となり,この三柱だけが幽の顕の神に繋がる(先の三神系活動表の1頁目に示している)。上のダウンロードリンクの活動表(図)PDFでは,厳瑞二霊の厳霊の軸に載る神名は赤字で,瑞霊の軸に載る神名は青字で示している。大本教団の教主だからといって,決して地上霊界の主宰神である国祖には繋がらない。これまでの教主自らが自覚している筈ではある。

5. 四代教主直美系の今後

 集金機能を持つ教主代理が率いる現在の大本本部については予言されていて,それから外れた真正の四代教主直美軸について霊界物語に予言が無いというのは考えにくいと考えた。

 四代天使長広宗彦命が栄二に対応するのだから,広宗彦命のその後として,四代教主直美軸が示されていると考えた。霊界物語第27巻第15章「情意投合」以下には,「比沼の真名井の宝座に仕える照子姫と清子姫の姉妹」が登場している。その祖先は行成彦命であつて、四代目の孫に当って居るとある。両姉妹は,琉と球の玉の神業と関わっている。第17章「沼の女神」の両姉妹の歌では,その祖先が広宗彦命としている。この齟齬をどう考えるのか,時間が欲しいが,後者がより積極的に示されていて,今のところ,正しいように思われる。

 栄二と直美の長女である直子の長女血統で考えるのか,他の血統もありうるのかはわからないが,直美家の四代目の孫姉妹が「琉と球の神業」を担うことは,聖師を予言者と考える場合,ほぼ確かなことではないかと思う。ただ,直美家の今後の「比沼の真名井」での修行と苦難の継続に思いを馳せる時,気が遠くなることである。

以上,Sep. 25, 2020。

6. 何故か三代天使長澤田彦命(猿田彦命),繕う四代天使長広宗彦命,凶兆五代天使長桃上彦命

 このページは,防災教育のボランティアの教材作成のために,ほぼ半月凍結していた。幾つかの疑問が生じて調べて行く中で,日出麿が「わしは澤田彦だあ」と叫んだことが大きな基軸になると考えてきた。そして,伊都能売神諭(いづのめしんゆ)と霊界物語の間に大きな転換があることにまずは気付き,この作業の流れの成果の一つとして,五代天使長桃上彦の大本教団史上の特定の確認ともなった。さらに澤田彦命と澤田姫命の間に生まれた三女の特に杵築姫,朝子姫,猿子姫,に一つの解釈が可能であることなどがわかった。以下,順を追って,述べたいと思う。

 以下,述べる資料のリンク情報を次に示す。

大正八年三月八日の伊都能売神諭
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=is26

霊界物語 第3巻第45章「猿猴と渋柿」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm0345

霊界物語第3巻第46章「探湯の神事」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm0346

霊界物語第3巻第47章「夫婦の大道」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm0347

霊界物語第3巻第48章「常夜の闇」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm0348

霊界物語第3巻第49章「袖手傍観」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm0349

霊界物語第4巻第2章「聖地の会議」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm0402

霊界物語第4巻第32章「免れぬ道」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm0432

 猿田彦と澤田彦が同一の神であることは,大正八年三月八日の伊都能売神諭と,霊界物語 第3巻第45章「猿猴と渋柿」以下の章で見ることができる。

 伊都能売神諭の関連個所を次に引用する。
「国常立尊の侍従長を勤めたのは,右が猿田彦命と猿田姫命の夫婦なり,右の侍従が八雲立命と出雲姫命の夫婦なり,左の侍従長が真心彦命(うらひこのみこと)と事足姫命(ことたるひめのみこと)の夫婦なり、左の侍従が国彦命と国比女命の夫婦の神でありたぞよ。」
 霊界物語の左守,右守の使い方と同様,左を上位とすると,真心彦命の下に,猿田彦命が配される。それゆえ,神政の行方は,真心彦命ー事足姫命の姿勢に懸かっていたが次のような事情で,真心彦命はナンバーワンの地位から外れることになる。「真心彦命は愛情深き神で在つたが,終には百照彦の命の妻の春子姫に手が掛り,不調法が出来たので,天の大神様から役目を御取上げに成つたのであるぞよ。真心彦命は事足姫命と申す妻神が在りて,広心彦命、行成彦命と云ふ二柱の神子が出来てあるにも関はらず,情けに耽(おぼ)れて春子姫との間に怪しき行為が結ばれたので、天の大神様から天の規則破りの罪として、国常立尊の侍従長を退職されたので、真心彦命は自分の失態を愧(は)ぢて終に国替を致されたので在るぞよ。」

 その後,八百万の神々も真心彦命を気の毒に思って種々と持てなして,
「長男の広心彦命が父神の後を継ぎて、左の侍従長と成り、仁愛を以て下を治め、一時は天下泰平に世が治まりて、国常立尊の威勢も揚りたので在りたぞよ。然る所に未亡神なる事足姫命は,夫神の御心情も察せずに、春永彦命と云ふ後の夫を持ちて、桃上彦命を生み、夫婦の神が仲良く暮らして居りたが、是が大変に天の規則に照らして面白く無き行為で在るぞよ」とある。

 真心彦命に引き続いて,その長男の広心彦命が左の侍従長となった。未亡神となった事足姫命は(女神であるにもかかわらず)再婚という天則違反で生まれた桃上彦命が引き起こす問題が,上の引用文では暗示されている。

 霊界物語第3巻第45章「猿猴と渋柿」では,天使長高照姫命以下,金勝要神四魂揃っての治世が崩壊して,次の引用のように,天使長として澤田彦命が任命される。

 「ここに国治立命は沢田彦命を天使長に任じ、妻沢田姫命を輔佐神司となし、真心彦を天使に任じ、妻の事足姫をして神務を輔佐せしめたまひける。また沢田彦命の従臣に,八雲彦,八雲姫の夫婦ありしが抜擢されて用ひられ、また真心彦には国比古、国比女の夫婦および百照彦を従臣として奉仕せしめられたり」とある。猿田(さるた)彦命替えて澤田(さわだ)彦命と,真心彦命の上下関係が伊都能売神諭と逆転している。(伊都能売神諭では左右の上下関係として,右を上位にしている可能性もあり,この上下関係の逆転の解釈は過っている可能性もある)。澤田彦については,「後継の神司は常世彦一派に下らずして、天上より降りきたれる金神の首領なる沢田彦命の一派に降りける。沢田彦命は一名大将軍と諸神将より賞揚されつつありし英雄神におはせり」とあり,猿田彦を指すものと言える。

 また,百照彦命の妻である春子姫命との真心彦命の不倫問題も,霊界物語 第3巻 第46章「探湯の神事」では,降臨した稚桜姫命が探湯(くがたち)の神事を実施するよう諭して見事,二人の間の潔白が証明される。とはいえ,国治立尊より,舞曲に耽溺し神務忘却したことを厳しく諭されて,続く第47章「夫婦の大道」では,自刃して帰幽し,八百万の神人は真心彦命の生前の勲功を賞揚して長子広宗彦をして父の後を襲ぐべく国治立尊に願い出て了解されている。

 澤田彦に替わって,次の(四代)天使長が広宗彦であることは特段,地の文では示されていないようであるが,以下の記述から了解される。霊界物語第3巻第49章「袖手傍観」では,「沢田彦命は(最愛の妻神である沢田姫の)諫言を馬耳東風と聞き流したるのみならず、無責任にも三人の娘を引連れ、妻を地上にのこして空(くう)に乗り、ふたたび天上に還りける」とされている。ここに広宗彦は、沢田姫命の窮状を察して,神政を輔佐せむと弟の行成彦と議り、沢田姫命に今後は神界のため兄弟一致して神業を助け奉らむとし,苦心を重ねて一時の困難を救った,とあり,また,霊界物語第4巻第2章「聖地の会議」には,次のような記述がある。常世彦は地上世界を掌握すべく,常世の国で八王八頭の神人などを集めた大集会(常世会議)を画策するが,その信書中には,「八王八頭その他諸山の国魂を常世城に集合せしめ神界平和のため一大会議を開催せむとす。ついては第一着手として地の高天原の主宰者国治立命の天使長広宗彦以下の御出席を懇請す」とあり,天上に還った澤田彦命に替わって,広宗彦が天使長になっていたことがわかる。霊界物語第4巻第15章「出雲舞」にも,出雲姫の歌中に,「ヱルサレム聖地を守る天使長広宗彦の執成を威力に任せ無視したる報ひは厳しく眼の当り」などとある。

 霊界物語第4巻第32章「免れぬ道」には,常世会議での国祖の神策が天地の律法に違反していることを常世彦に指摘されて,「ここに広宗彦命は国祖の御心情を拝察し、責めを負ひて天使長の聖職を辞し、弟の桃上彦に譲りける。ちなみに桃上彦の神政経綸の方法は前巻に述べたるごとく、つひには国祖の御上にまで累を及ぼし奉るの端を開きたりける」とあり,地の高天原占領の常世彦の野望は確実に実現に向かって行く。

7. 五代天使長桃上彦命と正鹿山津見命との関係

 このWebページ第5章について再考する。第5章では,「聖師の『虎雄は正鹿山津見』という発言がある」とした。聖師は出口虎雄は正鹿山津見としたが,桃上彦命とは言っていない。第5章には,「なお,虎雄,栄二,静水はこの順で年齢が小さくなり,五代,四代2名,の順になっている。この点は気になっていて,五代天使桃上彦を栄二とすると,年齢の繋がりなど改善される。栄二と直美の間には三人の娘がおり,次の六代常世彦との繋がりでも説得性が高いように思える。検証中であるが,桃の実が果たした役割など疑問が残る」とした。出口虎雄を天使長とするには大本教団史上での役割からすると無理がある。天使長とするには,教主補か総長レベルの必要があるからである。

 霊界物語小事典の正鹿山津見の項では,「地の高天原の天使長桃上彦が失政のため根底の国におちるところを高照姫神のお計らいによって海の竜宮の金門守となっていたのを,日の出神に救われ,この名を頂き,アルゼンチンの守護職となる」,とある。三神系時代別活動表の,「二 国祖の神政より御隠退まで」,「三 盤古大神の神政」には,聖地エルサレムでの7神の天使長が記され,その後,大洪水がある。そして,「四 大洪水と天津神の神政」を過ぎて後に,黄泉比良坂の戦いが続く。以下の文面を利用したコンテンツリストを次に示す。

霊界物語第8巻第38章「華燭の典」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm0838

霊界物語第9巻第1章「都落」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm0901

霊界物語第6巻第18章「天の瓊矛」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm0618

 五代天使長桃上彦命の時代と黄泉比良坂の戦いの間にはかなりの時間が経過している筈である。ところが,次に示すように,桃上彦が根底の国に落ちるという時から,桃上彦の三人娘との邂逅は,第38章「華燭の典」を見ると,たかだか10年余りに過ぎない。木の花姫の化身珍山(うずやま)彦が,独身ながらウズの国(アルゼンチン)の守護職である正鹿山津見と五月姫を娶せ,まさにその時に,桃上彦命の三人娘が登場する。その様子は次のようである。「御主人様に申上げます。只今ヱルサレムの聖地から松代姫,竹野姫,梅香姫の三人の御嬢様が,『御父様の住家は此処か』と云つて、一人の供を伴れて御出でになりました」とある。そして,「この事を三人の娘は、神夢に感じて遥々此処に尋ね来たり。黄泉比良坂の坂の上に於いて、黄泉軍を待ち討ち給ひし伊弉諾命の三個の桃の実は、即ち桃上彦命の三人の娘の活動を示されたるなり」と解説されている。霊界物語第9巻第1章「都落」での歌の抜粋を次に示す。

「(前略)恵みも深き垂乳根の 母は此の世を後にして 黄泉路の旅に出でましぬ 娘心の淋しさに 色も香もある桃上彦の 父の命の只一人 国の八十国八十島の 何処の果てにいますとも 恋しき父に廻り会ひ 探ねむものと三柱の 皇大神を祀りたる 名残りも惜しきヱルサレム (中略)黄金山を後にして 踏みも慣はぬ旅の空 何処の果てか白雲の 靉靆(たなび)き渡るウヅの国 父の命のましますと 夢に夢みし梅ケ香姫 花をたづぬる鶯の ほう法華経のくちびるを 初めて開く白梅の 二八の春のやさ姿 二九十八の竹野姫 よはたち昇る月影の 梢に澄める松代姫 松のミロクの御代までも 恋しき父に淡路島(後略)」。このように,三人娘は,16歳,18歳,20歳である。

 霊界物語第6巻第18章「天の瓊矛」では,「この大変乱に天柱砕け、地軸裂け、宇宙大地の位置は、激動の為やや西南に傾斜し、随つて天上の星の位置も変更するの已むを得ざるに致りける」などとあり,単に洪水のみに留まらない大変動である。これが十数年の内に生じたとは到底考えられない。それゆえ,罪多き桃上彦が日の出神から正鹿山津見の名を頂くのは幾星霜とは言わずともかなりの時間を要しており,出口虎雄が正鹿山津見であっても,単純に桃上彦とはならないと考えた方が良いだろう。

 前述のように,ウズの国で珍山彦が正鹿山津見は独身だからと五月姫と娶せるところに,エルサレムから正鹿山津見の桃上彦時代の娘である松代姫,竹野姫,梅香姫が現れる。この三娘は母を亡くして寂しい所に梅香姫の夢に父がウズの国に居るとしり,父の元に到着する。ここでは母の名前は出てこない。正鹿山津見は,妻が亡くなっていることを,知らない筈ではないだろうか。正鹿山津見はウズの国の守護職となり腰を落ち着けているにも関わらず,妻や娘の消息を調べ何らかの連絡をしようとしなかったのであろうか。

 たった10年余りの出来事には思えない。これは物語を単純化するための方便と思われる。桃上彦の神格が短期に向上してその娘が黄泉比良坂の戦いのメーンキャストになりうるとは思えない。桃上彦は竜宮などでの長期に亘る苦労を経て,または何代か生まれ変わって,日の出神と巡り会い,許されて新たな神名である正鹿山津見を得た。そして,木の花姫の化身である珍山彦の媒酌の機会を得て,ブラジルの闇山津見の娘で珍山彦に宣伝使として鍛えられた五月姫と結婚し,黄泉比良坂の戦いの大功労者になりうる三つの桃の松代姫,竹野姫,梅香姫を得たと考えるのである。それゆえ,桃上彦と正鹿山津見は,霊魂は繋がっていても,異なる世代の神人と考えた方が良い。

 それゆえ,出口虎雄が正鹿山津見にあたると言っても,桃上彦とは繋がらないと考えるのである。出口虎雄は聖師とすみ子の娘である梅野と結婚し,二人の間に曙と茂子を得ている。梅野は虎雄とは再婚で,浅野遥(寿賀麿)との間に操を得ており,併せて梅野は三女を得ている。正鹿山津見の三人娘は,霊界物語小事典によれば,桃の実の紅裙(こうくん)隊と呼ばれる。桃は,桃上彦命の名前と繋がるが,かつての天使長の桃上彦命であったからこそ,正鹿山津見に価値がある。桃上彦の娘ではなく,正鹿山津見の娘であっても桃の実とすることに問題は無い筈である。

 霊界物語の登場神人と出口家の人物との符合は,この程度のものであることに注意しないといけない。出口虎雄がアルゼンチンに行って重要な役割を果たしたという情報を僕は知らない。出口虎雄が穏やかな人格を持って居り,木庭次守との間には,信頼関係があった。桃上彦と正鹿山津見とでは性癖に大きな違いがあると言ってもいいかと思う。虎雄の三女が若い時代に黄泉比良坂の戦いに当たる活躍をしたとは考えられないが,例えば現在の大本の分裂環境を解消する契機の活躍をすれば,霊界物語との符合は成立する?

8. 五代天使長桃上彦命の大本教団史での位置づけ

 当Webページ第5章では,「某氏が父から聞いたところによれば,四代天使長は広宗彦命で,その輔佐役は弟の行成彦命で,広宗彦命は直日と日出麿の間の長女直美の夫であり養子である出口栄二にあたる。行成彦命は広瀬静水(やすみ)に該当するという。広瀬静水は三代教主の次女の麻子(あさこ)の夫で,現五代教主(代理)の紅(くれない)は静水と麻子の間の娘である。<これについては現状からすると奇妙で,現在検証中である。広瀬静水をここに入れることは困難である。>」としている。

 広瀬静水は結果的には出口栄二を放逐する党派の一人であるが,物語での広宗彦と行成彦が一致協力して国祖神政に貢献すべく苦労したことと繋ぐ形ではなくて,出口家の関係こそ重視すべきなのである。

 三代教主の子は,三女と一男からなる。直美(なおみ),麻子(あさこ),聖子(きよこ),そして,京太郎である。直美と出口栄二,麻子と広瀬静水,聖子と三諸斎(みもろいつき)である。広宗彦命=出口栄二,行成彦=広瀬静水,とすると,桃上彦命は,三諸斎か出口京太郎となる。京太郎は1936年生まれ,斎は1933年生まれだから,年齢の順番としては斎が有力である。しかしながら,天使長が誰かを論じるには,権力を得る順番が重要と考えられる。京太郎は1976年に教団で実母三代教主に続く権力者である総長に就任している。ちなみに,栄二は総長であった1962年にモスクワ北京訪問が問題視され,総長職を剥奪されている。広瀬静水は実子紅が五代教主(代理)に就任した2001年の翌年,総長に就任している。斎(いつき)は本人というより妻聖子の立場に連動する。聖子は,1982年教嗣,1988年教主代行,1990年四代教主(代理),になっているから,斎が権力を得るのは1982年以降となる。それゆえ,桃上彦は,京太郎と考えることができる。 

 霊界物語では最もドラマチックなのは,常世会議と,その後の常世彦と常世姫が国祖に面会している場面である。ここでは桃上彦が次の天使長になる。その場面を描いたのが霊界物語第4巻第32章「免れぬ道」である。
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm0432

 「桃上彦は天使長広宗彦命の副となりて,神政を補佐し居たりしなるが,つひには兄二柱の愛を忘れ,みづから代わって天使長の職に就かむと企て居たるなり。このとき常世姫の来城せるを奇貨とし,たがひに心を合わせて兄二柱を排除せむと考へたりける」とあり,「責めを負ひて天使長の聖職を辞し,弟の桃上彦に譲りける」となってしまう。この契機となったのは,常世彦命と常世姫が国祖の座をも狙った常世会議であった。この常世会議にあたるものは大本教団史では何に当たるのか。

9. 常世会議=第六十回大本総代会

 常世会議では国常立尊が定めた八王神八頭神が招集された。そして,その議題は,国常立尊の神政の基礎として配置された国魂を撤廃するというものであった。それを阻止するべく善の神々の活躍があって,常世会議は瓦解した。常世彦常世姫は,その妨害のやりかたが国常立尊が定めた天地の律法に違反するとして,天使長広宗彦の更迭を求めて,国祖の正殿に居たのである。そして悪神の希望どおり,桃上彦命が五代天使長になった。

 常世会議での大活劇と比べると余りに寂しいが,大本教団史から見ると,第六十回大本総代会が該当するであろう。この中味は,栄二と真正四代教主直美の設立した大本信徒連合会のウェブページ「写真で見る第三次大本事件 ー神定の道統の証拠と教団執行部虚言の証拠ー」に掲載されている。

http://www.omt.gr.jp/modules/pico/index.php?content_id=379

 ここには直美が神定めの四代教主である証拠,聖師と二代教主すみ子更には三代教主の書,が示されている。「5. 直美様,教主継承者を取り消される」に,第六十回大本総代会の様子が示されている。ここに掲載された文章を次に引用する。「昭和56年(西暦1981年),教団は一方的に出口栄二氏の全役職を解任し,やむなく栄二氏は地位確認と名誉回復を求めて教団を提訴しました。翌年(1982年),夫の提訴を止めさせなかったとして,第六十回大本総代会において三代教主は直美様の教主継承者としての決定を取り消し,三諸聖子(のち出口に改姓)を教主継承者に決定しました」。ここには痛々しい三代教主の写真が見える。この写真の説明をわかりやすく示すと,「昭和57年(西暦1982年)5月26日,第六十回大本総代会が大阪都ホテルで開催された。写真には,直美様を後継者から外す宣言をさせるべく,三代教主に宇佐見龍堂総長がマイクを突きつけている様子が見える」。

 その時まで,聖地以外で総代会が開催されることは無かった。各地方の総代のほとんどはその議題を前もって知らされていなかった。三代教主は入院先から連れてこられた。幽の顕にあたる瑞霊,金勝要神の決定事項であるにもかかわらず,開祖の生まれ変わりとされる直美を,三代教主を巻き込み,有象無象が強制退去させたのである。ここには厳瑞二霊の声を聞く勇士はなく,出雲姫も居なかったであろうが,常世彦,常世姫,行成彦,桃上彦は居た筈である。常世会議では大神の前で祭典を催す工夫もあったが,祭典もされ得なかったのであろう。この会議の果実をまずは直接得たのは,桃上彦命にあたる京太郎そしてその配下であった。京太郎は三代教主の実子であり血脈の点から,常世彦には絶対当たらない。

 もともとは京太郎本人が自らの意思でこの流れを求めたものではなく,そういう流れに載ってしまったということはこのウェブページの「3. 二代教主の大福帳」で知ることができる。次の文書は京太郎十一歳の時のもので,昭和二十二年六月八日に記された大福帳にある。「昭和22年(1947年),出口すみ子二代教主は四代教主の道統を変えようという動きがあることに激怒し,激しい神懸かり情態で下の文章を日記(大福帳)に書かれました(一部表現を変更した)。『この神の世継ぎは女に決めてある。筆先にかたくかたく書き残してあるのに,この間来たる人の話,梓(※出口京太郎氏)が世継ぎに仕組みが変わりたとは,そりゃ何を申すか。艮の金神さまのお筆先を何と思うておるか。これが天地の規則に決まりておるのじゃ,曲津めが⋯⋯(中略)ここには直美と申すしっかりしたお世継ぎがあるど。⋯⋯(中略)
 どれほどに気張りて邪魔をするとても 神の仕組は動かざらまし
 大神の仕組邪魔する人はみな 根底の国におつるものなり』」。

10. 三代教主は澤田姫命

 澤田彦命が日出麿ならば,三代教主は澤田姫命にあたることになる。三文献を次に示す。

出口王仁三郎全集第五巻言霊解・其他【言霊解】謡曲言霊録〔一〕西王母
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=B121805c116

出口王仁三郎著作集第五巻「人間王仁三郎」第二部 心境を語る「怪物屋敷ノ探検」
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霊界物語第3巻第49章「袖手傍観」
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 西王母から次に引用する。「(前略)是までは西王母の分身分霊は、葦原瑞穂国を修理固成の目的を以て、地上に降り、稚姫君の命と化し、或ひは坤の金神と化し、澤田姫命と変じて、国祖の神業を補佐し、地上の幽界、顕界を普く調査し開拓し、弥々神政成就の、経綸大略なりたれば、天津神の命に依りて、目出度く天津神国へ帰り昇り給ひ、再び天津大神の神勅を奉じて、豊葦原の中津国に、降り給うた一段である」などとある。澤田姫命は,開祖,坤の金神と並ぶ。

 「怪物屋敷ノ探検」の明治三十四年十一月『放言録』の一つに,「罪穢・疾病ノ時ハ、必ラズ沢田姫ノ名ヲ称セヨ。如何ナル難事モ容易ニ癒ヤサン此神ノ本能」とある。

 「袖手傍観」には,「沢田彦命,沢田姫命夫婦のあひだに生まれたるは杵築姫(きつきひめ),朝子姫(あさこひめ),猿子姫(さるこひめ)の三女なりける」とある。

 上二つの引用から,澤田姫命の神力は並々ならぬものであり,大本教団に深く関わっていることがわかる。さて,最後の引用について疑問が残る。三代教主は日出麿との間に三女と一男を設けている。昭和10年12月8日には,第二次大本事件で日出麿は聖師などとともに検挙される。翌年8月2日には,長男京太郎が誕生し,その年の12月5日に京都刑務所で,初の面会を果たす。その際に日出麿は,京太郎に初めて会って,誰の子かというような反応を示し,三代教主は大きく傷ついて帰りの山陰線で身投げも考えたという。この日出麿の反応は,霊界物語の記述に呼応する。三人娘の,「杵築姫,朝子姫,猿子姫」はそれぞれ,実娘の「直美(昭和4年7月30日生),麻子(昭和7年2月13日生),聖子(昭和10年2月19日)」に当たると考えて良いだろう。生年月日からすると,命名はすべて聖師によるものであろう。次女の名前の音(おん)が一致しており,三代教主が澤田姫の再現に当たることを暗示している。

 問題は,長女名が杵築姫であることである。この名でオニドで検索すると三種の神人が現れる。オニペディアには杵築姫について,次のように単独のページが設けられている。

杵築姫 出口王仁三郎と霊界物語の大百科事典『オニペディア(Onipedia)』 https://onipedia.info/wiki/%E6%9D%B5%E7%AF%89%E5%A7%AB

 杵築姫は,桃の実隊である松竹梅の宣伝使の偽物に扮した三人の一人であったり,ウラナイ教の祭神の一柱であったりする。前述の「猿猴と渋柿」では,天使長高照姫以下の女天使の失政に対して,国治立命の奥殿に参向して,追放を求めた常世姫の部下二名の一神が,杵築姫である。伊都能売神諭や霊界物語では,杵築姫は邪神である。にも関わらず澤田姫の長女の名に杵築姫が宛てられている。

 これは真正の四代教主であるべき直美が,常世姫一派にすり替えられることを示唆していると考えて良いだろう。そうして出現したのが,四代代理聖子,五代代理紅である。奇しくも,三代教主の三女すべてがいわば教主を出す歪んだ形になっている。

 前掲の大本信徒連合会のウェブページ「写真で見る第三次大本事件 ー神定の道統の証拠と教団執行部虚言の証拠ー」の「2. 出口聖師,直美様に四代の証しを渡される」には,「昭和21年4月,出口聖師は『四代に与ふ』と自署された色紙短冊など三冊を,綾部の山水荘で直美様に直接手渡されました。聖師は羽織袴の正装のうえ,威儀を正して渡されており,第三次大本事件が内部から生じることを予見された聖師が,直美様の大本四代の証しとして念押しされたものと解されます」(一部改変)とある。大正八年三月八日の猿田姫(澤田姫)の長女名を杵築姫とされているのであるから,伊都能売神諭および霊界物語の予言書としての壮絶性と聖師の悲しみを感ぜざるを得ないのである。四代の証しは,愛孫直美がやがて遭遇することになる苦境への慰撫の念から出たものであると思う。

 三代教主は十八歳で第一次大本事件,三十三歳で第二次大本事件,三十五歳の時には夫日出麿が獄中での実質拷問によって精神に異常を来している。日出麿の病については,霊界物語での「澤田彦命の天上への帰還」に対応するものであろう。大本事件では両親は投獄され,多数の信者の浄財で築き上げられた聖地は破壊され,家族は社会的幽閉に曝され,そして,思いとは乖離しつつも愛娘直美放逐の実質的な加担など,類を見ない壮絶な人生を歩んできた。その過酷な人生に対し言葉はない。このページでは敢えて敬語などを省略している。聖師が真正の予言者である証明のためであり,お許し願いたい。

以上,Oct. 17, 2020記

11. 出口和明の三代目の曾孫と出口栄二の四代目の孫の代に新生大本復活

 出口家の皆さんを呼びすてにして申しわけなく思っています。氏とか様とか付けることが却って人の価値を低くしたり,論理の軸を歪めるように思っています。ご容赦ください。ステレオタイプの大本批判や持ち上げは似非研究者の常套手段ですが,ぼくは,出口家の皆さんの爺婆にあたる聖師や二代様を敬愛しています。『霊界物語』を理解すべくここに書いています。ぼくの残り少ない時間をどのように使うかがぼくにとっての最も大きな関心事です。社会活動,自分自身の研究分野の研究,など,どう時間配分するかという観点で,先を急いでいますので,公開是非の箍(たが)を緩めてここに記述します。ぼくが書かなくても,そう遠くない時に他の方にも聖師の予言が理解されるようになると思います。

 さて,六代天使長まではすでに述べた。そして現在,その時代は終了している。ぼくは,大本教団の現状を知らないので,最後の七代天使長がわからない。七代天使長が国祖ご隠退を引き出すことになっている。ある十分条件は想定しているがその取っかかりがわからない。ひょっとすると,国祖ご隠退は繰り返されないかも知れない。二度目の岩戸開きが始まっているのに,またまたのご隠退では『霊界物語』の趣旨にもそぐわない。実は,この点も『霊界物語』の別の場面に記されている可能性がある。

 で,放置していた「6. 四代教主直美系の今後」の続きを,次に示す。ここでは,本章のタイトルが明らかになった。これを論じるために次の霊界物語第27巻第15章〜第18章の飯塚弘明さんのページのリンクを示す。

霊界物語第23巻第8章「縺れ髪」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm2308

霊界物語第27巻第15章「情意投合」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm2715

霊界物語第27巻第16章「琉球の神」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm2716

霊界物語第27巻第17章「沼の女神」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm2717

霊界物語第27巻第18章「神格化」
https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm2718

 まずは,本章タイトルに関わって,注目部分を簡潔に整理する。

 「情意投合」では,「照子姫,清子姫は其の祖先は行成彦命であつて,四代目の孫に当つて居る」とある。二人は,「神勅を受けて、比沼真奈井に豊国姫出現に先立つて現はれ」,「草庵を結び,時を待つて居る」。その間,ウラナイ教の黒姫からスカウトされそうになるが何とか耐えた。そして,「豊国姫命の神勅,此の二人に降り」,その神勅に従って由良の港の秋山彦の館に向かう。神素盞嗚大神,国武彦命に会える筈であったが,行ってみたら後の祭りであつた。二人は時を移さず,聖地に向かって玉照彦玉照姫に会って琉球の島に渡ることになるが,その前に,玉照彦出現地の高熊山で三週間の修行をして,木花姫の神教を得て琉球に向かう。生田の森に立ち寄り,兵庫の港から船出して琉球に向かうが,児島半島の手前で暗礁に乗り上げる。あわやという所で,三五教の宣伝使の清彦と照彦の舟に助けられる。若い男女四人はお互いに引き合うがそのペアはズレる。
 次章「琉球の神」では,那覇の港に到着した四人が偶然に寝所とした洞穴に,琉と球の宝玉を携えて言依別命,国依別や,清彦と照彦の父である常樟などが戻ってくる。ここで言依別命は,琉球全体の守護権を常樟,清彦,照彦に一任し,高砂島に出発した。なお,言依別などがこの洞穴に到着する前に,ウラナイ教の高姫一行がきて,清彦と照彦,そして,清子姫と照子姫を勧誘している。それに四人は動じなかった。
 清子姫と照子姫は言依別命の後を追い闇夜に紛れて船に乗って高砂島に向かう。残された父子は清子姫と照子姫が消え去ったことに落胆したが,自分たちには紀の国に妻子があることを思い出し,天則違反の行動となることに思いあたり,恋を断念する。とはいえ,後に二人の妻子は,夫を捨てて何処かへか姿を隠したことが解る。そして,「常楠の命に依つて貴人の娘を妻となし、清彦は琉球の北の島を、照彦は南の島を管掌し、永遠にその子孫を伝へたのである」,とある。
 更に,次の章「沼の女神」では,清彦の夢に,琉球沼で清子姫と照子姫が沼の対岸に現れ,呼ぶ。そこで島民の従者に琉球沼の存在を確かめ,そして立ち向かい,その沼で男女四名は出会い,恋の相手のズレを修正して見事結ばれる。ここで,清子姫は,「妾(わらは)は聖地エルサレム 神に都に仕えたる 天使の長と現れませる 広宗彦が四代の孫 身魂も清き清子姫 汝が父の常樟は国彦,国姫が三代目の曾孫 元を糾(ただ)せば古より 切っても切れぬ神の綱 切っても切れぬ神の綱 恋の懸橋永久に 落ちず流れず清彦が 妻となるべき清子姫⋯⋯」と歌う。清彦もこれに応える。照子姫と照彦も同様である。次の「神格化」では琉球及び台湾での国魂配置などが説明される。

 比沼真奈井の清子姫と照子姫が「情意投合」では,行成彦から見て四代目の孫になっていて,「沼の女神」では,広宗彦命から見て四代目の孫に変化したのかをまずは示す。大本教団史では,行成彦は広瀬静水であり,広宗彦命は出口栄二である。

 広瀬静水系統の清子姫と照子姫には,神素盞嗚大神と国武彦命はお会いにならなかったということである。「琉球の神」では,「言依別命は,琉球全体の守護権を常樟,清彦,照彦に一任」している。言依別命が合格点を与えている。次の引用,「清子姫と照子姫は言依別命の後を追い闇夜に紛れて船に乗って高砂島に向かう。残された父子は清子姫と照子姫が消え去ったことに落胆したが,自分たちには紀の国に妻子があることを思い出し,天則違反の行動となることに思いあたり,恋を断念する」の意義を確認したい。「紀の国」や「常樟」は,紀伊半島に属しており,和明の熊野館を象徴している。和明側が広瀬静水(出口紅)の大本に接近するが破談になる。

 「沼の女神」では,清子姫と照子姫は広宗彦,つまり出口栄二の四代孫という形で仕切り直して現れる。四男女の恋の不一致は解消される,つまり,折り合いがついて,合併する。そして,清彦ー清子姫,照彦ー照子姫に,それぞれ琉と球の国が任される。なお,すでに,琉と球の玉の精霊は言依別と国依別の身魂に移され,形骸も若彦と玉能姫が保管することになっていた。これは,栄二と和明の系統には琉球の国魂は任せられないという神の意志かも知れない。

 現在の大本本部はウラナイ教の黒姫と高姫に象徴されているようである。比沼真奈井では,清子姫と照子姫はウラナイ教の黒姫に勧誘されるが,何とか耐え得た。これは現在の大本本部からの誘いに乗らなかったということを示しているのだろう。そして那覇到着後の洞穴にウラナイ教の高姫が訪れて,やはり勧誘するが,四男女はそれに乗らなかった。そういう試金石に合格して,見事,出口和明と栄二のそれぞれ四代孫の代に,神素盞嗚大神,国武彦命の受け入れる可能な新生大本が出現するのである。それゆえ,現大本本部の体制は崩壊することがほぼ確実であろう。ただ,出口和明と栄二の両派についても,琉と球の玉の形骸すら託されないのであるから,神素盞嗚大神と国武彦命から全幅の信頼は得ることはできないことがわかる。

 謎はまだまだある。「琉球の神」では,国依別が,「モシモシ常楠さま,貴方の血縁の両人が此処にお越しになつてゐるといふのも,不思議の経綸ぢやありませぬか」と言っており,これに関して常樟や清彦と照彦による否定は無いが,「縺(もつ)れ髪」では熊野の滝の麓で,親子対面があり,虻公=清彦は,常樟と木山姫(おたつ)の(捨)子であり,蜂公=照彦は,木山彦とお久の(水)子ということを一人の女神が出現して,一同に伝えている。さらに(付記)として,水子や捨て子などのより詳細情報が加えられて,確認されている。筆録者は加藤明子である。

 「沼の女神」では,清子姫の歌中で清彦に対して「汝が父の常樟は国彦,国姫が三代目の曾孫 元を糾せば古より切っても切れぬ神の綱」としているが,照子姫の歌中には照彦に対して「尽きぬえにしに搦まれて 結ぶの神の結びてし 二人の仲は此沼のいと浅からぬ契合ひ」とは言いつつも具体的な情報が無い。つまり,清彦と照彦を国依別が言ったように,実の兄弟として扱っている。霊界物語第23巻第8章「縺れ髪」から,霊界物語第27巻第17章「沼の女神」で変質が生じている。意味があるのだろうが,聖師の意図が解らない。ここで,清子姫と照子姫,そして清彦(と照彦?)の出現世代を確認するために次の図を作成した。

 本図にはこのWebページで記述してきた霊界物語と大本教団史のメーンキャストをまとめた。黒字は『霊界物語』の登場神人で赤字はその役職を示す。緑字は大本教団史上の人物で役職を紫字で示している。代理は失礼な表現だが日出麿による。出口宇知麿の登場は必須と考えていたが国比古であった。『霊界物語』で熊野館の出口和明が必須となったからである。清子姫の歌では,清子姫は広宗彦から四代目の孫であるが,清彦は国比古から数えて三代目の曾孫とされる。
 世代としては同じであるが,この表現の違いは出口和明の方の長男系譜が途切れることと関係しているようである。栄二側は,教主の道統であり長女の系譜が約束されているので初代孫は出口春日で足りるが,和明側は複数の選択肢を残す必要を感じてここに網羅している。

 出口和明と栄二の両派が合併し大本本部を主宰するのは,あと2世代余りであり長くても60年ほどで今世紀中に実現するようである。聖師の予言なので,確定と考えている。ただ,この『霊界物語』の読み解きも折り込み済みなので,栄二派はそれを迎えるにあたっての修祓を含めた準備が必要と考えて良い。和明の方は教主を支える側であるが,道統を担う栄二の方の準備により高い努力が求められるであろう。そういうところが,この寅の巻に記されているので,特に第二七巻を研鑽して頂きたい思う。

 それにしても今からおよそ100年前の予言だから,当時からすると160年後に起きる事件の予言になる。予言と預言が違うというのは父から聞いたことがある。小学館の国語辞典では,〔同音語の「予言」は未来の出来事や未知の事柄をあらかじめ言うことであるが,それに対して「預言」は神の意志を人々に伝えることをいう〕とある。予言は聖師自らの約束と言ってもいい。それにしても愛善荘,愛善苑のそれぞれ女系と男系は,今後,ほぼ還暦の期間,あらぬ苦労が続く。先神の労苦と比べると,より小さな苦労ではあるだろうが。

 もう日が回ったが,プールに泳ぎに行ってボーっと考えながら,どうしても追加した方がいいと思い,ここに繰り返し示したい。海洋万里ー寅の巻は,大本本部=ウラナイ教から今後,何度か勧誘があるが,これに絶対に乗ってはいけない,と警告している。安易に乗ってしまったら,素盞嗚尊も国武彦も愛善荘愛善苑両方を受け入れないぞ。開祖,聖師,二代が築き上げてきたものが瓦解してしまうぞ。二度目の岩戸開きも遅れるぞ。そういうメッセージになっていると思う。過酷ではあるが,四代の孫まで待たなければならない。在野での苦労と体験がきっと生きると思う。

以上,Oct.19, 2020記

 清子姫と照子姫は,琉球に向かう前に,「聖地に向かって玉照彦玉照姫に会って」いるが,これは三神系時代別活動表の「六 天の岩戸開きの後(未完)」が,現在でも,続いていることを示していると思う。自転倒島の錦の宮には,「主神にます木の花姫分霊とされる玉照彦と玉照姫」がおられる。霊界物語小事典には,「玉照姫は厳霊である大本開祖の精霊の三十五万年前のお名前」であり,玉照彦については小事典から脱落しているので八幡書店刊の『霊界物語ガイドブック』には追加した。「玉照彦は瑞の霊である聖師の精霊の三十五万年前のお名前で,言照姫の子供。伊都能売之御霊」である。三代教主の「木の花咲耶姫」とは違う。「主神にます」という冠語が重要である。開祖と聖師が御昇天後の現在では,三神系時代別活動表の「六 天の岩戸開きの後(未完)」に示したように,天真名井嶽には豊国姫命,四尾山には国武彦命,が居られるのである。不勉強であり,恐らくであるが,(四代教主)直美が放逐される前には,開祖,聖師,二代によって,天恩郷と梅松苑はすでに完成していた。神定めの聖地であるから,確かな祈りによって聖霊が降臨されると思う。

 何故,二夫婦が必要なのか,疑問に思ってきた。鍵を見つけることはできないが,清彦と清子姫が琉の天恩郷で,照彦と照子姫が球の梅松苑ではないかと想像している。木庭次守は某氏によると三代教主の次の世代について,和明側が天恩郷で,栄二側が梅松苑が神意と考えていたそうであり,もちろん両者で両聖地を運営してゆくことになるが,天恩郷は和明側が,梅松苑は栄二側が主として,運営するということであろう。Oct. 30, 2020追記修正

以上,Oct.20, 2020記

12. おわりに

 ガリ版刷資料もここにやっと,リンクを張ることができた。一応のデジタル化作業の終了である。次に英訳には入らず,この霊界物語三神系時代別活動表のセットになっている天祥地瑞神系表のデジタル化を図りたいと思う。これは天之御中主大神より前の時代の神々の活動で,木庭次守が述べるように,前代未聞である。デジタル化を通じて,天祥地瑞の一端でも理解することができればありがたいと思っている。

天祥地瑞神系表 the chart of the lineages of gods during the Ama no yo before the creation of heaven and earth in the “Tenshochizui”,Onisaburo’s Mythological Narratives

天祥地瑞神系表ページ

 なお,この霊界物語三神系時代別活動表のページについて,疑義や当方の誤解などがあれば,是非,このサイトのトップページのお問い合わせ,から入って頂いて,ご意見をお願いしたい。このページは,教団関係者や愛善荘,愛善苑の皆さんにとっても重大な内容を含んでおり,今後,より良いものに改善したいと思っている。Oct. 23, 2020記

13. 今後の展開のための覚え書き

 2024/05/02,タニハから持参した,月刊おほもと誌を斜め読みしていて,発見をした。その文献は次に。

桜井八洲雄,伊藤栄蔵,木庭次守,1932年(昭和三十二年)3月1日. 物語拝読研究 春風に帆をあげて(対談). 月刊おほもと,第九巻,第三号(通巻第九十一号),pp. 34-43.

 ここには,物語の中の矛盾について(p. 41),という章があり,木庭の部分を次に。

————————————————引用はじめ
 私ばかりが時間を費(と)ってしまいますが,真名井山につかえておった清子姫,照子姫の結婚についてですが,あるところでは琉球の王である清彦と照彦とに嫁いでいます。ところが驚いたことには,その照子姫,清子姫は,南米にわたって楓別命と石熊(光国別)とにそれぞれ婚いでいます。これはおかしい,矛盾している。が,その点をお聞きしても聖師様は知らん顔をしておられる。(笑)ところがね,よく読んでみると,前の方に——普通の人間一個の魂は,現世では二人に生まれてくる——ということが書いてある。「それでは,肉体は二つある——と解釈してよろしいですか」と尋ねますと,聖師様は,「それでよいのや」と仰いました。これは,物語は矛盾しているようでも,よく読めば判るようにしてあるのですね。先に書かれたことは二度とくりかえして示されない,という非常にキビシイところがあります。
————————————————おわり

 清子姫と照子姫がそれぞれ,二人居るという読み方で問題が無いというまとめになっているが,木庭次守はそう解釈したのかどうか。対談のこともあり,より深みに入らない意図があって,ここで一段落を作った可能性もある。聖師様の「それでよいのや」は,今は,そう考えておけば良い,という意味と思われる。 『霊界物語』には多数かつ多義性を持つ予言が組み込まれていて,上の解釈がその予言の一つと考えられるのである。後に,このテーマで展開したいと思っている。

以上,2024/05/03。