『霊界物語』の木花姫はなんだあ what is the role of Kono-hana-hime in Reikai-monogatari by Onisaburo ?

はじめに  金沢で生まれた黒川さんは子供時代から教えに熱心で,父は金沢によく出かけ,黒川さんの生家にもよく泊まっていたのであろう。黒川さんの感性や容貌は父に似ているとは感じていたが,黒川さん自身,父に似ていることは周囲から言われていたそうである。  その父の教えをよく理解されている黒川さんから,この6月末にお会いして,最近の大本の教えの流れを聞いて大変驚いた。三代教主はいわば厳瑞二霊を足場にして展開した存在として祭りあげられているらしい。現在の大本教の中心軸は厳瑞二霊ではなく,三代教主になっているようだ。その根拠は『霊界物語』で木の花姫での活動である。  ながく『霊界物語』を読んでいて,木の花姫の位置づけが気になっていた。凄い神力があり物語中に深く関わるのであるが,物語中の初出以降,その働きは物語の中心をなすのにも係わらず,木の花姫の出自が記されていないからである。  さて,この文の準備は全くできていないが,『霊界物語』を理解する上で重要な視点なので,簡単に書き留めておきたいと思う。 1 木の花姫は三代教主  飯塚さんのデータベースの,霊界物語 > 第14巻 > 第3篇 高加索詣 > 第15章 丸木橋,には次の記述がある。 ————————————————勝かつ『それは、この夢ゆめの実現じつげんは数十万すふじふまん年ねん未来みらいの事ことだ。二十にじつ世紀せいきと云いふ悪魔あくま横行わうかうの時代じだいが来きた時とき、八尾やつを八頭やつがしらや金毛きんまう九尾きうびの悪霊あくれいが再ふたたび発動はつどうしよつて、常世姫とこよひめや木常姫こつねひめの霊魂みたまの憑うつり易やすい肉体にくたいを使つかつて、行やりよる事ことだよ。天眼通てんがんつう力りきによつて調しらべて見みると、何なんでもこれから艮うしとらの方はうに当あたつて、神かみさまの公園地こうゑんちに、夢ゆめの中なかの男子なんしとか女子によしとかが現あらはれて、ミロクの世よの活動くわつどうを開始かいしされるのを、何なんでも変性へんじやう男子なんしの系統ひつぽうの肉体にくたいに懸かかり、善ぜんの仮面かめんを被かぶつて教をしへの子こを食くひ殺ころし、玉取たまとりをやる事ことの知しらせであらう。アヽ二十にじつ世紀せいきと云いふ世よの中なかの人間にんげんは実じつに可憐かあいさうだ。それにつけても、厳霊いづのみたま、瑞霊みづのみたまや金勝要きんかつかねの神かみ、木花姫このはなひめの呑剣どんけん断腸だんちやうの御お苦くるしみが思おもひやられる哩わい。嗚呼ああ惟神かむながら霊たま幸倍ちはへ坐世ませ惟神かむながら霊たま幸倍ちはへ坐世ませ』 与よ『吾々われわれは過去くわこ現在げんざい未来みらいの衆生しうじやう済度さいどのため、この清きよらかな川辺かはべに落おち込こんだのを幸さいはひに、御禊みそぎを修しうし、神言かみごとを奏上そうじやうしてミロク神政しんせいの建設けんせつの太柱ふとばしら、男子なんし女子によしをはじめ、金勝要きんかつかねの神かみ、木花姫このはなひめの霊みたまの鎮しづまりたまふ肉にくの宮の為ために、祈いのりませうか。この世よの中なかが万劫まんがふ末代まつだい維持ゐぢしていけるやうに、善ぜんばかりの花はなの咲さくやうに』————————————————  厳霊,瑞霊,金勝要は,それぞれ,出口直(開祖),出口王仁三郎(聖師),出口すみ(二代様)であるから,木花姫は間違いなく,王仁三郎とすみの長女,出口直日(朝野,三代様)になる。『霊界物語』での木の花姫は三代教主になるのである。  王仁三郎が,三五教(あなないきょう,大本教)の「正統性」と我が娘または大本教の今後の展開を願って,『霊界物語』に木の花姫=三代教主を登場活躍せしめたということになる。  三代教主の立ち回りをぼくなりに見てきて,『霊界物語』の木の花姫のかけらも感じることはできない。人格者とも言いがたく全くの普通の人である。聖師と二代様を尊敬し愛する父木庭次守も,『霊界物語』の木の花姫と三代教主との大きなズレをずっと疑問に思っていたことであろう。  吉田ただをさんは,信念ゆるぎない吉田みち子さんの息子さんだ。その信仰を受け継いだ「ただをさん」が,タニハで晩年の父に「今は(ほんとうに)弥勒の世なのでしょうか」と問うた。父は笑って「まちがいなく弥勒の世」だと応えた。ただをさんは納得の行かない顔で笑っておられた。ただをさんは,亀岡本部の食堂の責任者をされていたが,馴染めず退職されて米子市で自営されていた。ただをさんからすると,というか,ただをさんの周辺環境も,世界も到底,弥勒の世と考えらないからの問であった。木庭次守は聖師はもう再来しない。弥勒の世を確立されたから,現在は弥勒の世,だという信念を持っていたのだろう。実際,ただをさんの問に対して応える際にそのようなことを言っていた。  父の昇天ののち,タニハのお祭りのあるとき,ただをさんから父の言葉を聞いた。父は笑いながら,「三代さまは,木花咲耶姫というより木花裂くや姫だ」と言ったという。「作るより破壊する」を意味するのだと思う。それほど,父は三代様を評価していなかったのである。 何を破壊しているのか,厳霊,瑞霊,金勝要神が築いた「独善的・観念的な」世界(後述)の破壊である。小さな頭で社会に阿(おもね)る「普通」の婦人の行動が,「木花裂くや姫」なのである。 2 三代教主の思い  三代教主が『霊界物語』を読めば,父王仁三郎の「思いの形」は,およそは伝わったことであろう。二代教主が昇天されたのは,1952年3月31日。火継の神事を経て,三代教主になる。三代教主の生年月日は,1918年11月6日。33歳での就任である。三代教主は教主たる指針を求めて,当然『霊界物語』も読まれたことであろう。ここに現れる木の花姫が三代教主本人とは似ても似つかない存在であり,違和感,さらには父王仁三郎に敵意さえ感じたかも知れない。  ウィキペディアには,「昭和27年(1952年)の教主就任後は独善的・観念的におちいりやすい信仰生活者をいましめ、「脚下照顧」を旨とした教風をうちたてる。幼少より日本伝統文化に精進した。書道・茶道・能楽・短歌・八雲琴・陶芸など、たゆみない習練を続けて来た体験から、日本の伝統文化の世界的地位を説き、日本民族としての誇りと自覚を高め、高い教養を身につけ、生涯精進をおこたらなかった。信徒はもとより文化人を招き清談を交わすなど、“花鳥風月”を友とし身をもって日本の心を説いた。著書は『私の手帖』『聴雪記』『寸葉集』など。信仰のあるべき姿や文明批評、自然や歴史についてなど、豊かな感性と豊潤な筆による随想を数多く著した。歌集も多い。」とある。「出口直日」の変更履歴をみると,編集作業が繰り返されており,教団関係者の協議の上での編集である可能性が高い。  上記引用のうち,「昭和27年(1952年)の教主就任後は独善的・観念的におちいりやすい信仰生活者をいましめ、『脚下照顧』を旨とした教風をうちたてる」,とある。「脚下照顧」は,精選版 日本国語大辞典によれば,〘名〙 禅宗で、足元に気をつけよ、の意。自己反省、日常生活の直視をうながす語。〔大川普済禅師語録〕,という。三代教主が自らを,信仰生活者と考えていたものと考えられるが,当然ながら父王仁三郎に近づくこともできないし,理解すら難しいものであろう。  木庭次守は1917年1月1日生まれであるから,三代様とほぼ同年である。木庭次守は第二次大本事件勃発の昭和10年に熊本から京都に官憲によって護送されてきた。結果的には亀岡に出てきた木庭次守は裁判資料の作成活動に熱中した。 ウィキペディア出口王仁三郎 によれば,1942年(昭和17年)7月31日の第二審判決では高野綱雄裁判長は判決文の中で「大本は宇宙観・神観・人生観等理路整然たる教義を持つ宗教である」として、重大な意味を持つ治安維持法については全員無罪の判決を言い渡した。不敬罪の懲役5年(最高刑)は残ったものの、6年8ヶ月(2453日)ぶりに71歳で保釈出所となった。  聖師と二代様の仮出所のあと,木庭次守は聖師と二代様のおそばで,その言動を記録している。三代教主にとって,木庭次守のような「煙たくて観念的な存在」は鬱陶しかったことであろう。 3 王仁三郎の思い  『霊界物語』の木の花姫は三代教主を指す。余りに神力に懸隔がある。敗戦後の大本教団の世界反核平和運動などは三代教主が聖師と二代教主の活動を継承したものである。王仁三郎の秘書的存在であった出口内丸氏の指導があったものと想像される。 大本教団の平和活動については,次のような記述がある。  大本は開教当初から、神は元は一株、万教同根(ばんきょうどうこん)の教えを説き、1925(大正14)年に北京で世界宗教連合会を発会し、世界人類の恒久平和を目指す宗教的な平和運動として、人類愛善会を創立しました。その前後からアジアの諸宗教やヨーロッパの神霊主義的な精神団体との提携を進めましたが、政府から2度にわたり弾圧を受け、一切の活動が停止。そして第2次世界大戦後、再発足してから、諸団体との交流を再開しました  世界連邦運動に関しても、大本・人類愛善会は中核的な役割を果たしてきました。1949(昭和24)年、出口すみこ二代教主のもと、世界連邦運動の推進を決定し、この運動を具体的に推進することになります。1950(昭和25)年、大本の聖地がある綾部市は全国初の世界連邦都市宣言をし、2年後、亀岡市も同宣言をしました。そして1966(昭和42)年、唯一の被爆国である日本では、戦争のない新しい世界秩序システム「世界連邦」の運動に宗教者が積極的に協力していこうと、「世界連邦日本宗教委員会」が発足。  例えば,このような平和運動に係わるのは,木の花姫と関連なくはない。三代教主に宗教者としてのモデルを聖師が提示したとも言える。木の花姫は三代教主だけではなく,累代の大本教主の指針と考えるべきなのだろう。そう考えざるを得ない。 4 『霊界物語』の読み方  『霊界物語』の神力無双の木の花姫が,現実の三代教主だと『霊界物語』に記されている。これは『霊界物語』を神示の書として見てきた父木庭次守はどう心の整理をしていたのだろうか。父のこれまでの著作を知る必要がある。 で,ぼくはどうすればいいのか。『霊界物語』は出口家の宣伝書に過ぎないのか。残された時間は短いが,このテーマの追求はぼくの課題の一つになる。 5 木の花姫の出自  『霊界物語』のはじめに「芙蓉仙人に導かれて」,とか,「本田翁の天然笛」などの係わりで富士浅間神社など,が出ており,『霊界物語』での天教山の主宰者である木の花姫の出現について大きな違和感はない。しかし,瑞霊二神による世界観が根幹にある『霊界物語』からすると,木の花姫は分裂的分散的要因になっている。  次の文献には木の花姫の由来が記紀と伝承との関連で推定されている。 朝日日本歴史人物事典 「木花開耶姫」の解説「木花開耶姫」 日本神話にみえる大山祇神の娘。『古事記』には,木花之佐久夜毘売と記される。瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)と結婚する。神吾田鹿葦津姫(『古事記』は神阿多都比売)の別名。本名のアタは薩摩国阿多郡(鹿児島県西部)にちなむ名で,カシも薩摩の地名という。『日本書紀』によれば,コノハナノサクヤヒメは,高天原から天降ったニニギに求婚され父に告げたところ,父はサクヤヒメに添えて姉の磐長姫(イワナガヒメ)も差し出した。しかしニニギはイワナガヒメが醜かったので送り返し,美人の妹と結婚した。姉はそれを恨み,「わたしをお召しになれば,子供は岩のように長生きしたでしょうに。妹だけをお選びしたからには,生まれる子供は木の花のようにはかなく散ってしまうでしょう」と呪った。サクヤヒメは,ニニギと一夜を共にして妊娠するが,ニニギが自分の子供かどうか疑ったので,産屋に火を放って出産し,天つ神の子であることを証明したという。 姉の呪いは,人間の命が短いことの由来とされているが,この姉妹の話は,インドネシアやニューギニア方面に広く分布する神話とよく似ている。それは,人間が神から石とバナナを贈られ,バナナだけを受け取ったので,人間の命は石のように長くは続かず,バナナのようにはかないものになったという神話で,バナナ型と呼ばれている。日本の神話でバナナが女性に変わっているのは,もともと,ニニギとカシツヒメの結婚話として形成されていた神話にバナナ型の要素を組み込ませ,生まれる子供の命の短さを語ろうとしたから。『古事記』では天皇の命のはかなさの起源とされているが,これはサクヤヒメが彦火火出見尊を生み,その孫に神武天皇が現れるという展開による。コノハナは桜の花といわれるが命のはかなさを象徴するには,バナナとくらべていかにも日本人の感性に合っている。サクヤヒメは,山の神の娘であることから富士山麓の浅間神社などに祭られ,はるか南方起源のこのバナナ型神話は,日本の自然と風土にみごとに溶け込んでいる。<参考文献>吉井巌『天皇の神話と系譜』 (西條勉)  三代教主を木の花姫と聖師がしたのは,自らの天皇家との関係がバックグラウンドにあると考えられる。 以上,Aug. 18, 2023未完。Aug. 21増補。  

霊界物語の大精神 Essence of the Reikai-monogatari by Onisaburo

はじめに  2023年春,木庭次守著『出口王仁三郎聖師の愛善健康法』を,木庭眞とともにキンドル出版した。LiDAR測量の手法を次にまとめる必要があるので,木庭次守の仕事の公開作業は,一旦,ぼくは休憩したいと思っている。 で,次の木庭次守の仕事の準備を眞さんにお願いしたいと思っている。その作業プロセスを次章にまとめたいと思う。 追記 Mar. 29, 2023: 「上記の本に含まれているコンテンツがパブリックドメイン」であることが判明したというメール(第一報)が昨晩届いて,理由が書かれていないので,原著の違いを示した(第一報に対するリアクション)のだが,本日その返事(第二報)が届き,一切,具体的内容がなく,それを問い合わせたら(第二報に対するリアクション1),検討したけど,全く理由はアカされず,観点を変更しないということだった(第三報)。つまり,「パブリックドメイン」としてなら,発行できるということだ。 まあ,長いものには巻かれるしか無い。他の選択肢を考えたが,本とその紹介に,説明を加えて,「パブリックドメイン」で出したいと思っている。これに関しては,別途,ポスティングしたいと思っている。 とにかく,すでにコンテンツを準備しているこのページを作成したいと思う。 なお,この新規の『霊界物語の大精神』については,父の講演資料であり,なんらかの公的にパブリッシュされたものではないので,「パブリックドメイン」にはならないと考えているが,アマゾンに基準が公開されていないので確定的ではない。 1 『霊界物語の大精神』の公開準備: 原稿のコピーとスキャン  この本は木庭次守編となる。おもに出口王仁三郎口述筆記『霊界物語』の抜粋集だからである。昭和29年(1954)11月6日付けで発行されている。鈴木倶子さんによる邦文タイプ版である。まずは,『愛善健康法』同様,カーボンコピーして富士通のScansnapでスキャニングして,Google ChromeのOCRでテキスト化しようと思ったが,邦文タイプ版とは言え,掠れている部分もあって,かなりの修正過程が必要と思われる。 幸い,飯塚弘明氏のWebサイトには,多くの大本文献がデジタル化されており,利用させて頂いて,木庭次守の邦文タイプ版と対照して,内容は木庭次守優先で,編集作業を実施したいと考えている。なお,『霊界物語の大精神』の仮の英訳を,Essence of the Reikai-monogatari by Onisaburo,としている。「大精神」という日本語は存在しないようだ。父独特の造語だろうと思うが当時の父の周辺にそういう表現をした先輩があったかもしれない。  この本のp. v(ページの数字がいずれもアラビア数字で書かれており混乱が生じるので敢えて目次より前のページ番号はローマ数字とした)には「はしがき」,pp. 1-9には,目次があり,そのコピーをそのまま,次に掲載する。作業対象は隅田光蔵書を使用している。隅田さんが亡くなって,遺品を整理された隅田さんのおじさんにあたる松田宏さんから分けて頂いたものである。タニハにもあるだろうが在処を探すのは大変だ。  このキンドル版に向けて実施した作業を次に示す。 1 ブラザーA3対応複合機で『霊界物語の大精神』MS(manuscriptの略であるが,typescriptもそれに準じている)のp. v, pp. 1-9をコピーした。B4をA4に縮小写真印刷。写真にしないとコピーが薄くて読めない。2 富士通Scansnapに通してPDFを作成。3 自動的にAdobe Acrobat DCが立ち上がる。繰り返しパスワードを聞いてくる。CDで購入したものもCloud版に何故か吸収されて,購入した時点のパスワードは効かず,Cloud版のパスワードが必要になる。パスワードの再設定を選ぶと,6桁の番号が届くが,3種類あって,メール本文のものを使う必要がある。迷惑フォルダーに入ってしまうので,ことが終わってから,このメールを見ることになった。4 Adobe Acrobat DCにはOCR機能があって,不要ではあったが,実行してみた。Microsoft Wordファイルになる。  図1は,Adobe Acrobat画面で,右端のアイコン群のうち,緑色に変化している「スキャン補正」を選んで,上段の「テキスト認識」を選ぶと,認識されたテキストが青く変色している。図2は図1の目次の部分をズームインしたもので,この目次の縦の…が禍して,文字認識率が低くなっている。文章だけの「はしがき」の方が認識率は高い傾向がある。Microsoft Wordの表示を,図4,5に示している。  とにかく,今回はOCRを使わない。 2 『霊界物語の大精神』の公開準備: 「はしがき」のテキスト化  このMSのキンドル版化作業では,一切OCRを使用しない。この章では,「はしがき」をテキスト化する作業を通じて,眞さんの作業手順をまずは示したい。    はしがき,をテキスト化する。霊の礎の(一三)一三ページが,はしがきの前の半分,引用されている。 飯塚弘明氏の王仁DBで,「霊の礎」で検索すると,『霊界物語』掲載の「霊の礎」が並び,下記の(三)をクリックする。 5 霊界物語 第17巻 如意宝珠 辰の巻 後付 霊の礎(三) 出口王仁三郎 1923刊 DBRMN 全 0 件/霊の礎=0 図2 検索結果  DB,RMNの何れでもいいが,ルビが省略されていないRMNがいい。本文の七つ目の「一,」が,この「はしがき」に引用されているので,次にMicrosoft Wordに普通にコピペする。そうするとルビが残る。次のようである。  現界人(げんかいじん)にして心身内(しんしんない)に天国(てんごく)を建(た)てておかねば死後(しご)身外(しんぐわい)の天国(てんごく)を摂受(せつじゆ)することは到底(たうてい)不可能(ふかのう)である。死後(しご)天国(てんごく)の歓喜(くわんき)を摂受(せつじゆ)し且(か)つ現実界(げんじつかい)の歓喜(くわんき)生活(せいくわつ)を送(おく)らむと思(おも)ふものは、瑞(みづ)の御魂(みたま)の守(まも)りを受(う)けねばならぬ。要(えう)するに生命(いのち)の清水(しみづ)を汲(く)み取(と)り飢(うゑ)渇(かは)ける心霊(しんれい)を霑(うるほ)しておかねば成(な)らぬのである。瑞(みづ)の御魂(みたま)の手(て)を通(とほ)し、口(くち)を通(とほ)して示(しめ)されたる言霊(ことたま)が即(すなは)ち生命(いのち)の清水(しみづ)である。霊界(れいかい)物語(ものがたり)によつて人(ひと)は心身(しんしん)共(とも)に歓喜(くわんき)に咽(むせ)び、永遠(ゑいゑん)の生命(せいめい)を保(たも)ち、死後(しご)の歓楽境(くわんらくきやう)を築(きづ)き得(う)るものである。  『霊界物語の大精神』では,霊の礎(三) 一三頁に続いて,上記の文が来て,「と示している様に」と続く。これでは読みにくく,次のようにする。 ————————————————はしがき 現界人(げんかいじん)にして心身内(しんしんない)に天国(てんごく)を建(た)てておかねば死後(しご)身外(しんぐわい)の天国(てんごく)を摂受(せつじゆ)することは到底(たうてい)不可能(ふかのう)である。死後(しご)天国(てんごく)の歓喜(くわんき)を摂受(せつじゆ)し且(か)つ現実界(げんじつかい)の歓喜(くわんき)生活(せいくわつ)を送(おく)らむと思(おも)ふものは、瑞(みづ)の御魂(みたま)の守(まも)りを受(う)けねばならぬ。要(えう)するに生命(いのち)の清水(しみづ)を汲(く)み取(と)り飢(うゑ)渇(かは)ける心霊(しんれい)を霑(うるほ)しておかねば成(な)らぬのである。瑞(みづ)の御魂(みたま)の手(て)を通(とほ)し、口(くち)を通(とほ)して示(しめ)されたる言霊(ことたま)が即(すなは)ち生命(いのち)の清水(しみづ)である。霊界(れいかい)物語(ものがたり)によつて人(ひと)は心身(しんしん)共(とも)に歓喜(くわんき)に咽(むせ)び、永遠(ゑいゑん)の生命(せいめい)を保(たも)ち、死後(しご)の歓楽境(くわんらくきやう)を築(きづ)き得(う)るものである。(霊界物語 第17巻 如意宝珠 辰の巻の霊の礎(三)の一部抜粋)  霊界物語こそは,人類に対する神の最後の救いの綱であり,救世と経綸の教えであります。出口聖師は,「霊界物語の目次を読めば世の中のことがわかる」「霊界物語の大綱は序文と総説を読めばわかる」とつねに話しておられました。従って,霊界物語の序文と総説を主とし,その他大本文献中より霊界物語の大精神を感得しやすいものを昭和二十六年七月三十日には編集し終えていました。なお,この大本東京宣伝使分会および東京主会の神書研修会で用意した資料は,茨城主会第十二回神書研修会(昭和二十九年九月十六〜十八日)で使用したものと同様です。  昭和二十九年十一月六日 編者 木庭次守識————————————————  僭越ながら,文体の一部を現在の読者であっても違和感なく読めるように変更した。 3 『霊界物語の大精神』の公開準備: 「目次」のリスト  目次リストは見開き5枚に渡っている。すでに了解済みのように,キンドル版では目次に頁は存在しない。そして,目次そのものは,各項の見出しを,見出しレベル1に設定すれば,目次は,Microsoft Wordが自動で作成する。それゆえ,この見開き5枚の目次をテキスト化する必要はない。 ただ,この目次をみて,Microsoft Word原稿を作成する必要があり,ここにスキャンで作成されたPDFをJPEGに分けて,次に掲載したい。 以上である。この目次に沿って,Microsoft Word原稿を作成して行って欲しい。 以上,Mar. 29, 2023記。

『愛善健康法』のKindle本化2 a kindle book of “Aizen-kenkoho” part 2

はじめに 『愛善健康法』のKindle本化1 の続きです。Jan. 18に眞さんからファイルが届いたが,LiDAR測量関係のまとめをする必要があり,このテーマに取り組めなかった。中途半端に中断すると,当時のレベルに戻れないのである。 パート1に書いているように,キンドル版の元原稿作成のためのWordアプリはWindows用を使う必要があるが,Windowsに慣れないので,その元原稿はmacでまずは作成することにしたい。これを読んで眞さんが一人でキンドル版発行までを理解頂けたらと思う。 1 原稿の構成について  眞さんのためにpart 1を作成したが,その効果は無かった。どうしても,元本の書式の影響を受ける。というか,眞さんの真面目さからきたものとも言える。 まずは,本のタイトルや目次やあとがきは,キンドル版には不要であるが,アマゾンの投稿過程で必要な情報なので,キンドル パブリッシング ガイドラインに従った実践的なページ に説明したコンテンツに利用すべく,別のファイルとする。「本文のみ」と「関連情報」に。この本の場合,関連情報とは,タイトル,著者名など,付記,編者のことば,後付,である。 この本は,本文に当たるものが,目次を挟んで,二つ(赤字)に分かれている。タイトル著者名 + 瑞月道歌 + 目次 + 目次に挙げられた瑞月道歌以外のテーマの説明 + (付記,編者のことば,後付)  ただ,目次には,この瑞月道歌から始まっている。瑞月道歌だけにサブタイトルがあり,他のタイトルにはサブタイトルが無く説明文がある。瑞月道歌と目次に続く本文とは構成が異なり,キンドル版ではどう構成するのか,難しい。 ————————————————瑞月道歌 医(くす)師(し) 病(いた)脳(づき)の身を天地(あめつち)にいのるとも夢(ゆめ)現世(うつしよ)の医師(いし)をわすれな 薬(くす)物(り) 人皆の身の病症(いたづき)ををさめむと少彦名(すくなひこな)の選(え)りし神(みく)薬(すり) 浴(ゆあ)湯(み) 大已貴(おほなむち)少彦名のあらはしし温泉(いでゆ)の験(いさ)は神のたまもの 防(ふせぎ) 霊(たま)幸(ち)はふ神に壮健(まめやか)祈るとも暑さ寒さのふせぎわすれな 棄(すつる) 身の欠(か)くる病は早く切りすてよ神はなほさら医師(くすし)たのみて 避(さくる) 伝染(すぐうつ)るわるき病の門口(かどぐち)は避けてとほれよ人と身のため 病気平癒を祈る歌 言霊の天照る国ぞ言霊の幸はふ国ぞ生くる神国 いたづきを按じ患らふことなかれ有明月の輝く世なれば 久方の高天原の神風に暴風中風逃げちりてゆく 何事も宣り直します神なればこの喘息(ぜんそく)を善(ぜん)息(そく)とせよ この胸は千木かつを木の棟にして病はらひ戸神社(かみ)の御(おん)棟(むね) この腹は高天原の腹にして生命の神のつどひます腹 腰もたち足もたつべし惟神国常立の神の助立 しめつけし冬の氷も朝日子の光にとくる葦原の国 原に坐す命の神にたてまつる此の食物(おしもの)に力と味あれ 健康な家 素盞嗚の神のまきたる桧こそ宮居をつくる材料なりけり 杉柱もちて建てたる家に住めば心清しく病は少なし 常盤木の松は棟木に用ふとそ素尊のさだめし御規則(みのり)なりけり あか松の床柱ある家居にはまねかざれども宝集まる 庭木には木斛(もくこく)木犀(もくせい)樅(もみ)多羅弥(たらや)常盤木植うれば家居栄えむ 槇(まき)の木を植ゑて生垣つくる家は死人病人絶ゆる時なし————————————————  ルビが元本のレイアウトに従っているが,個々の漢字へのルビは排除して,一つの熟語にルビをまとめて振るべきである。  「瑞月道歌」を大見出しとして,個々の小テーマについて小見出しを付けてしまうと,瑞月道歌の次の小テーマ群についても大見出しが必要となって,読者からすると煩わしいだろう。そこで,「瑞月道歌」のみを見出しとし,キンドル版の目次に反映させ,その後の小テーマについては,「瑞月道歌」と同レベルの見出しとした方が良いと考えた。瑞月道歌の「健康な家」などはここで掲載しているような形でゴチで表現するだけにした方がいいだろう。  さて,瑞月道歌内の一つの項目たとえば,「医師」をどう表示するか。キンドル版は文字色を指定できない,というか,黒色(ページ色が明るい場合)か白色(ページの色が暗い場合)である。使えるフォントは明朝とゴシックで,斜体も可能ではある。見出しは16ポ,本文は12ポ。「医師」を小見出しとしないで,頭に持ってくることにする。なお,短歌には区切りを入れた方がいいだろう。 「健康な家」はどうするか。これはソフトリターンした方がいいだろう。————————————————瑞月道歌 医(くす)師(し) 病(いた)脳(づき)の 身を天地(あめつち)に いのるとも 夢(ゆめ)現世(うつしよ)の 医師(いし)をわすれな 健康な家 素盞嗚の 神のまきたる 桧こそ 宮居をつくる 材料なりけり杉柱 もちて建てたる 家に住めば 心清しく 病は少なし常盤木の 松は棟木に用ふこそ 素尊のさだめし 御規則(みのり)なりけり———————————————— 以上,Feb. 10, 2023記。 2 本文の修正  入力されたものは,アウトラインの設定や,フォントサイズなど,ハードリターンなど,不統一で,種々の変更を実施している。図1と図2はいずれも,「印刷レイアウト」表示である。図1ではカーソルを赤囲いした「盲腸炎」に置いている。そのため,ホームタブの右半分に見える文字スタイルのうち,「見出し1」が青枠表示されている。この設定値が,左上の赤囲いの「游明朝Regular本文」「16(ポイント)」になっているのである。 図2は,文字スタイルが「標準」(赤囲い)になっていて,左上の赤囲いでは,「メイリオ」「12(ポイント)」になっている(赤囲いのように図2の本文中にカーソルを置いている。カーソルのブリンクで表示された際にスクリーンショットができたのでこのようにカーソルが見えている)。こういう設定に手作業でした結果である。本文はメイリオ12,見出しは游明朝Regular本文16,である。文書作成時にこの設定をしておけば,楽なのだが,元々のまとまったテキストが先にあるので,手作業での修正になった。まずは全文字をメイリオ12にして,見出しレベル1に対しては文字スタイル「見出し1」の内容を決めた(このアイコンを右クリックして「変更」を選択して決める)あと,一つ一つの見出し該当部分を選んで行く必要があった。 図2は現在の作業途中を示している。レベル1にした各項目名の後にはハードリターン,本文があって,そのあと,本文終了で,ハードリターン2回,というセットにしている。ほぼ中央に位置する盲腸炎では,本文は2段落からなる。第一段落のおわりには,ソフトリターンを意味する←印が入っている。これは同時に,シフトキー+リターンキー,で実現する。ハードリターンの横書きの場合の記号は,↵であるが,縦書きの段落記号はネット上でも見つからない。⤴の鏡像なのだが。↵の時計回り90º。 段落記号(横書き)ハードリターン Enterキー(Windowsの場合。macならreturnキー) 改行して段落を区切るときに使う 改行記号(横書き)ソフトリターン Shiftキー+Enterキー(Windowsの場合。macならreturnキー) 段落はそのままで、改行したいときに使う サクサクOfficeのコンテンツに追加しました  図2には,緑線でドローしたハードリターンとソフトリターンに注目してください。本文左手部分の「腎臓病」の段落の頭が低くなっているが,元々受け取った原稿がレベル2であったために,その残骸として,すべての本文がインデントされている。この段落トップの一行目の「腎臓病には」の「腎」の直上にカーソルを置いて,deleteするとこの段落全体が右手の「盲腸炎」の本文同様の高さに移動する。その後,段落始めの一字にはスペースを入れることになる。 以上,Feb. 11, 2023記。 3 本文版一応完成  本日,ぎりぎりで,Word原稿本文版,完成した。実質一週間余りか。眞さんにGoogle Drive共有で送った。この内容についてまずは次に示す。その後,mouseのWindows10で,Wordで目次を作成し,Kindleで読めるかどうかを確認したい。今後,内容の修正,周辺情報の追加を実施するが,これまで作成したWord原稿の書式が妥当かどうか,見なければならない。本当は本文全部ではなくて,パイロット的に部分を整えるのが合理的なのだが,ぼくの性格は無駄をする性格だ。受験もこれで失敗した。一つの地平を完成して振り返るという体質だ。小さな世界に拘ってしまう。目的を見失う。 明日はアップルストアにMacBookProを持参して,シュンと画面が真っ黒になってしまう現象について相談だ。スタッフのレベルがまともならば,行った意味はあるのだが。まあ,このアップルストアに期待せずにただ行くという体質もボクのものだ。  とはいえ,愛善健康法キンドル版はなかなか,いいものになる。単に原本を公開するのとは違う。掘り下げることができた? 以上,Feb. 19, 2023記。 追記 Mar. 6, 2023: どこに入れ込めばいいのか,難しい。眞さんにMar. 2作成のpdfをGoogle Driveにアップロードし,チェック後の速達がMar. 6に届いた。見て貰ってよかった。一応,その修正を反映したファイルができた。指摘されたものについて,幾つかを次に。1 OCRで得られたテキストには半角スペースがかなり入っている。ぼくもかなり削除したが,眞さんからも今回のチェックでヒットした。まだまだあるように思えたので,Word上で,半角スペースで検索してみた。全角も半角もヒットする。この方法だから発見が可能なものが数十箇所見つかった。この方法はOCRで得られたテキストに対して,使えそうだ。 図2a, b, cの三枚の例では,右上の検索窓で半角スペースを入力した。すべての半角及び全角スペースの位置がオレンジ色の染められている。このうち,意図しない半角に該当するのを,赤丸で示している。図2cは脚注にあたり,ラテン語での学名などもあって,半角スペースは多くなり,問題はない。図2a,bには,何度もチェックしてきた今なお,不要な半角スペースがあり,すべて削除していった。点数は100以上になったことだろう。 2 索引は,かな順索引(かな,用語,項番号),としていた。そのため,「さなだむし,さなだむし,九十四」などとなり,眞さんは,用語の「さなだむし」,を削除と指示した。ボクの意図が理解されていないと考えたが,考えて見ると,そう誤解するのも無理がないと考えた。【真田虫】〔形が真田紐に似ていることから〕,ではあるが,辞書を引くと,一般には,サナダムシ,で出ているので,カタカナに替えた。「しもやけ,しもやけ,百十七」については,カタカナではないので,「霜焼け」などとしたのである。 この修正過程で,用語のカテゴリーを,索引の利用者が理解できるようにという観点で,変更した。たとえば,「てんかん,てんかん(脳の障害の一種),百十九」などである。もとの用語は,「てんかん」であった。漢字で表現できるが現在使用されていないもので不適当であり,またキンドル版では文字化けしてしまう。3 香茸の脚注では,当初は,「香茸 Sarcodon aspratus (Berk.) S. itoh 『旧特用林産研究室(現森林微生物管理研究グループ)』には,次のような記事がある。「江戸時代の『食物和歌本草』という書物の中にコウタケについての和歌が二首載っている。『革茸は 微寒に辛く 虫の毒 癖(かたまり)あらば 深くいむべし』,『革茸の なまなは諸病の毒なれど ほしたるは また少し用いる』。」 としていたが,眞さんが,「革茸」の「革」が誤りと考えた。香茸の漢字には,他に,革茸や皮茸もある。そこで,この脚注「香茸」の見出しを,香茸,革茸,皮茸(コウタケ)Sarcodon aspratus (Berk.) S. itoh,とした,というような観点も必要かと思った。4 「字がうすい」という指摘。確かに,部分的に字が薄くなっていた。その理由はわからない。フォントやサイズなどの見える情報に違いはない。そこで,うすい字を含む段落全体を選んで,Wordのホームタブで,スタイルを,「あア亜 標準」を実行した。この手順で,この問題は解消された。右クリックして,「スタイルの変更」を選んで,その内容を確認したが,思いあたるところはなかったが。5 かなを強調するべく,チャール(﹅﹅﹅﹅)などの表現がある。OCRで✓になってしまう。こういうものも丹念に変更してゆく必要があった。以上 4 著者は木庭次守か出口王仁三郎か  木庭次守は,王仁三郎文献の研鑽に係わったものについては,出口王仁三郎著,木庭次守編,としている。図3の『愛善健康法』も例外ではない。『出口王仁三郎玉言集 新月の光(かけ)』(八幡書店 2002年発行)[上下巻あるがリンクは上巻だけセット] も木庭次守編となっている。聖師の活動による出版物は,木庭次守によれば,すべて,出口王仁三郎著とすべきで,木庭次守著とはならない,ということである。その根拠は,『新月のかけ』に誌されている筈の出口王仁三郎の言動であるが,見つけることができない。 ただ,キンドル版での出版では,木庭次守編とする方式は難しいように感じている。記紀スサノヲの歌に隠されたレトリック — 日本タニハ文化研究所 (教養) Kindle版 での入力情報の仕組みを忘れてしまった。この『愛善健康法』キンドル版の登録過程で,もう一度考えたいと思う。  木庭次守著『出口王仁三郎聖師 愛善健康法』という形であれば,父も受け入れることができるのではと思っている。出口王仁三郎著,木庭次守編『愛善健康法』,とするのが父からすると当然ではある。とはいえ,次の例だとどうだろう。『源氏物語』の用例集などを,その用例をまとめた人を山田太郎として,紫式部著,山田太郎編,『源氏物語なんとか用例集』として出版するのは,社会的には受け入れられるであろうか。著者紫式部の人格を汚す,といっても過言では無いのではないか。そういう意味でも,ぼくは,木庭次守著『出口王仁三郎聖師 愛善健康法』が適当と感じている。 以上,Feb. 21, 2023記。 5 キンドル版の表紙は  第4章で述べた観点から,木庭次守著は目立たない方がいいだろう,と考えて,表紙のレイアウトを考えたいと思う。まずはAdobe Photoshopで,図3のスキャンイメージの聖師筆の「愛善健康法」の文字以外の地の色を「消しゴムツール」を使って,円の半径を変更しつつ,削除した。それが図4である。この文字を今だ未作成のバックの絵の上に載せたいのであるが,輪郭をハッキリさせるために,この黒字の「愛善健康法」のバックに明るい色の字で描いた「愛善健康法」が必要と考えた。 そこで,フィルター […]

『愛善健康法』のKindle本化1 a kindle book of “Aizen-kenkoho” part 1

はじめに  この『愛善健康法』のKindle本への道は,OCRに期待して でも解説している。木庭眞さんから,デジタル化のサポートが頂けるようなので,下準備を行っている。父の著作は,ある時期,東京都南分所に属しておられる鈴木智子さんの邦文タイプによるサポートで実現していた,と推定している。その成果はタニハに現在も残っている。 ぼくが小学四年生の頃か,こどもの日にどこかに連れて行けと駄々をこねて,自宅から10分ほどの父の仕事場があった「みずほ会館」に連れられて行った。そこでおそらく,いさみ寿司から昼食として寿司でも取ってもらったように思う。不満であった。眞さんも一緒だったのではないか。父の机がある大きな部屋からは保津川の氾濫原を経て牛松山が正面に見える。この大部屋の手前には,外から光が入らない比較的小さな部屋があって,鈴木倶子さんが忙しく邦文タイプを打っておられた。入る時,優しい挨拶を頂いたように思うが。ノーベル賞の湯川秀樹の息子さんも父のサポートをされていた。何か質問に来られて,知らない方だったので父に聞いたら,そういう答であった。 その日は父の頭の白髪抜きをして過ごした。こんなに抜いて大丈夫かと聞いて問題ないというような回答があったことも思い出される。抜いた1/4ぐらいは黒かったのでは無いか。これも聖師の教えに基づくものなのか? 眞さんには鈴木智子さんの邦文タイプ結果の『霊界物語の大精神』のデジタル化をまずはお願いしようと思ったが,成果がすぐには出ず,やる気を無くされてもと思い,正規の印刷物で字数も少ない『愛善健康法』を先にと今日,考えた。眞さんにデジタル化の全過程を知って頂くべく,ここに手法を残すことにした。 追記 Oct. 8, 2022: 松田宏さんから鈴木倶子さんの写真などが届いた。鈴木倶子さんの消息がわからない。写真1と写真2はいずれも,みずほ会館で,1955年当時。写真2の倶子さんは,松田宏さんが東京から訪ねてこられたからか,すごく嬉しそう。上段左端は木庭次守(38歳),上段中央はのちの本部長櫻井重雄さんか。写真1の部屋は,鈴木倶子さんが邦文タイプを打っておられた部屋ではないかと思う。 松田さんから送られたコピー写真を,BrotherのA3対応複合機でスキャンしたが1200dpiでも,写真2では顔のテカりが大きかった。富士通のScansnapは簡易のスキャナー(最大600dpi)という印象であったが,自然なスキャン画像で大きな違いがあった。このことから考えると,次に続く「1 Adobe PhotoshopによるOCR前の準備」以下で述べたBrotherの複合機を使うよりも,このBrother複合機で紙コピーして(A4に縮小),Scansnapで一気にスキャンした方が,画質も効率もより優れたコンテンツを得られる可能性がある。 1 Adobe PhotoshopによるOCR前の準備  OCRに期待して で本のスキャン手法などについては記している。眞さんが複合機を持っていないのであれば,ぼくがこの章の作業は実施してゆくことになるだろう。このスキャンは300 (dpi)で実施していた。 スキャンファイル数は40点で,これをおよそ次のプロセスで切り取りと2階調化を実施した。1 イメージ > 画像の回転 > 角度入力 > 時計回りか反時計回り。2 範囲指定して,イメージ > 切り抜き。3 見開きページ中央の綴じ代部分は,編集 > 消去。4 切り取った全域を選んで,イメージ > 色調補正 > 2階調化 目分量だが,濃くすると見出しがつぶれるなどする。5 ファイル > 別名で保存。ファイル名称をページ番号などに替えて,保存するフォルダを指定し,高画質(8)を選ぶ。 スキャンしたファイルのうち,表紙,内表紙は,基本的には表紙などを作成するのに使用する。  ocrに供するファイルを,Aizen-kenkoho_for_OCRというフォルダに入れた。この本は目次などにページ1〜8があり,その後,ページ1〜62が続くので,前者のページにはfを冠している。つまり前者のページはpf1.jpgなどとし,後者のページ48と49の見開きファイル名は,p48_49.jpgなどとなっている。 2 OCR作業対象のファイル群をGoogle Driveにコピー 0 Google Driveを開く。1 すでに愛善健康法のフォルダがあり,その中にスキャンファイルが入っていたので全部削除した。2 My Driveを右クリックして,Folder uploadを選んで,macのファインダで,Aizen-kenkoho_for_OCRというフォルダを選ぶ。右下にアップロード過程が見え,完了すると,✅️が表示される。3 My Driveに戻って,愛善健康法のフォルダに,Aizen-kenkoho_for_OCRというフォルダをドラッグアンドドロップする。この中のファイルの配列はmacのファインダ内のものと一致している。 3 OCR作業  全36ファイルのOCR作業をして,Word文書で出力して,全部ダウンロードすることになる。このOCR作業は,OCRに期待して に記述している。  上記投稿に示しているが,次のようにする。1 各ファイルを右クリックして,Open with > Google Docs。2 File > Down load > Microsoft Word (docx),とすると,Word形式でダウンロードできる。3 Down loadフォルダ内のファイル群を新たにOCR_Wordというフォルダを作って,My Driveにアップロードする。4 そして,そのフォルダを,愛善健康法フォルダに移動する。 4 OCR結果の共有  OCRの結果の一例を図1と2に示す。本文の例が図1である。ルビは最初に抽出されている。本文の解読力はほぼ100%近い。図2は目次部分である。⋯⋯⋯⋯⋯で,かなりの混乱がある。OCR結果を無視して,自らテキスト入力した方が良いのは明らかである。Kindle本ではページの概念は無い。目次それぞれにリンクを設定するのが良いだろう。本文の各項目をレベル2かレベル3にして,目次部分ではリンクを設定するのがベストだ。この作業はぼくがしますので,一行毎に,1項目名を入力してください。本文の項目名も一行をとって,ハードリターンで,その説明の段落を作成してください。  Google Driveで,愛善健康法のフォルダ(これからは,\愛善健康法とします)を右クリックし,☃+ Shareを選んで,木庭眞さんのメールアドレスを入れた。Googleメールアドレス以外でも受け付けるということであった。  革命的と言って良いほど,OCRの結果は良かった。ただ,目次などで縦の⋯⋯⋯⋯⋯などがページ番号に繋がる形の場合,かなり混乱がある。目次は別途,作成するので,目次に掲載された名称のリストだけ,整理して欲しい。  OCRの作業過程の結果として,文字に色が付いたり,サイズの大小が生じているが,フォントをメイリオにして,全部普通体regular styleにして欲しい。 5 Microsoft Word 縦書きキンドル書式  この書式については,別途掲載している。また,お伝えしたい。OCR結果のWordで作業はしないで,キンドル版の縦書き書式で,文書を元の本のスキャン表示に従って,整えてください。ルビも併せて追加して下さい。 おわりに  作業での連絡を通じて,この投稿をよりわかりやすいものにしたいと思っている。タニハではWi-Fi環境が無いのでパソコンでのネット作業はiPhoneを使ってtetheringすることになる。眞さんがこの環境を使っていない可能性がたかく,Google Driveの使い方などを眞さんに知って貰いたくて,亀岡市の公共Wi-Fi環境を調べた。亀岡市のガレリアだっけか,あるかなと思ったけど,どうも無いようだ。ネット検索すると,MacDonaldが3箇所にあった。ここだな。以上,Sep. 27, 2022記。 追記 Oct. 8, 2022: 後日,MacDonaldに電話したら,Wi-Fiは提供していない,イオンはどうかって。で,イオン亀岡に電話したらオーケー。    

日本タニハ文化研究所刊キンドル本読者へ(更新を続けます) To readers of the Kindle books from Nihon Taniha Cultural Institute (updates and changes)

はじめに  日本タニハ文化研究所刊行のKindle本の最新版の更新(もちろん無料)の方法は,第1章へ直接跳んでください。  キンドル本第一号を2022年7月に出した。当方にとっては記念すべきものである。ぼく自身あまり残された時間が無いので何年継続できるかわからない。本職を離れてはじめて,父木庭次守のライフワークに関心が持てるようになったし,時間も使えるようになった。仕方が無いことである。父の仕事は余りに膨大なのでそれをテキストベースのKindle本にすることは不可能である。 国立国会図書館デジタルコレクションで父の名を検索してもヒットしない。国会図書館からは年に一度ほど発行した書籍の送付依頼が届いていたが,そういえばこの頃は来ない。国会図書館の所蔵リストを取り寄せて,まだ父が送っていない資料を送付したいとは思っている。父の本が国会図書館デジタルコレクションで公開されることは無いだろう。『古事記』の写本など歴史的意義のある図書が優先されるし,その量は膨大だろうからである。であれば,PDFであってもキンドル版で発行しておけばいいかとは思う。PDF化は,業者に依頼するのが手っ取り早い,だろう。国会図書館デジタルコレクションで公開されているPDFを見るとかなり粗っぽいスキャンになっている。おそらく古文書を手作業でコピーして,それをスキャナーにかけているのだろう。この程度のことはぼくにもできる。 さて,木庭元晴 KOBA MotoharuがMicrosoft Wordなどを使ってデジタル化したものは,Kindle本の機能を生かすことができる。この種のものから発行したいと思う。 以上,Jul. 31, 2022記。 0 読者の最新版取得の手続き  読んでおられて問題点などをみつけたら,一応,ヴァージョンアップされている可能性がありますので,アマゾンのトップページで,最上段の「購入履歴」の検索窓で,またはアマゾンのトップページの検索窓で,当該Kindle本を書名の一部や著者名(木庭元晴 KOBA Motoharu)から検索してください。その本が表示されたら,表紙画像のそばに注文日が示されています。表紙画像をクリックすると,アマゾンの販売ページに跳びます。価格欄の次に,本の紹介文があります。そこにアップデートの日付を示しております。更新日がお持ちのKindle本より新しい場合,次の方法で更新してください。 1「コンテンツと端末の管理」ページ www.amazon.co.jp/gp/digital/fiona/manage に入って,当該Kindle本の行の左端にある☑️ボックスを選んでください。その時点で,上の見出しのツールバーにオレンジ色のボタンが4個並びます。その左端の「配信」ボタンをクリックすると,「コンテンツを配信」パネルが現れて,そこの「端末リストから端末を選択」で,自らの該当するiPhone,iPad,macなどをリストから選択する。2 キンドルアプリ(古い場合,削除して,新たにアップルストアからダウンロード)を再起動して,当該Kindle本をダブルクリックしてダウンロードして,更新の確認をする。 以上,Aug. 12, 2022更新。 1 ENGLISH ABSTRACT Recondite rhetoric in the first tanka chanted by Susanowo in the Kojiki and Nihon-shoki in Japanese  ENGLISH ABSTRACT Recondite rhetoric in the first tanka chanted by Susanowo in the Kojiki and Nihon-shoki in Japanese — Reports of Nihon Taniha Cultural Institute (教養) Kindle版  KOBA Motoharu  (著), 木庭 元晴 (著)   Publication: Jul. 21, 2022 Latest Revision: Sep. 3, 2022, version 1.4   The song of Susanowo is carried by the Kojiki and Nihon-shoki beginning, and it is the oldest 31-syllable Japanese poem left in Japan. As 31 syllables are composed of 5, 7, 5, 7, and 7 […]

王仁三郎の天地創造神話 creationism of Onisaburo

はじめに  王仁三郎の天地創造説は,発表順に並べると,『大本略儀』,『霊界物語』,『天祥地瑞』に見いだすことができる。作成中の種々のコンテンツとの関係が絡むので,このページの完成には時間を要する。  昭和十(1935)年に始まった国家権力による宗教弾圧である第二次大本事件の際に,木庭次守は,逮捕され,弁護団の要請によって裁判資料を作成した。それに関連しては,次のページに示している。  戦後,これに対応する形で,天祥地瑞神系表を1952年3月10日に作製し,全国の講演で使用している。これについては,次のページ(Jul. 1, 2021現在,未完)に示している。  両神系表は,『霊界物語』そして『天祥地瑞』に現れる神々の系列を示すために作製されたものである。とはいえ,両神系は,天地創造神話の土台の上にあるので,両神系表にとっても,天地創造説を捉えておく必要があり,本サイトの筆者(木庭元晴)はこのページを作成する必要性に迫られたのである。  王仁三郎が描いた天地創造神話のうちで,『天祥地瑞』のものが最も要領を得ており,言霊学が主要な役割を果たしており,発表順を遡る形で,まずは,『天祥地瑞』から論じたいと思う。 1 古事記と霊界の存在と   2 天祥地瑞神系表      

大石凝翁全集に関わって about the collected works of the revered old Mr. Oishigori

はじめに  昨日,メールを通じて,出口三平氏から,出口王仁三郎の『天祥地瑞』が大石凝眞素美全集と繋がりがあることをお聞きした。王仁三郎の言霊学が大石凝眞素美のそれと関連するとは仄聞していたが,『天祥地瑞』が大石凝眞素美と繋がりがあるという情報はぼくにとって,衝撃的な部分もある。  三平氏から,大石凝眞素美全集の一部を国会図書館デジタルコレクションで見ることができるという情報を得て,本日,覗いてみた。三平氏の情報を契機にして,『天祥地瑞』と大石凝眞素美全集との関連を確認する必要があると考えるようになった。そこで,本日確認したことを出発点として,確認作業を進めたいと思う。 1 『大石凝翁全集』   水野文助が、大正12年(1923)から14年(1925)にかけて刊行。 第一巻 天地茁廴貫きの巻 第二巻 三種神器の御謂礼 仏説観弥勒下生経(上) 第三巻 仏説観弥勒下生経(下) 弥勒出現成就経 第四巻 大日本言霊 第五巻~第八巻 天造神算木運用秘書 第九巻~第一二巻 真訓古事記 大石凝真素美先生伝  ネット上には,これ以上の詳細な情報がみつからない。八幡書店から大石凝霊学全集 全3巻 単行本 – 2005/4/28の形で再版され,アマゾンで販売されている。39,600円である。研究書として高価とは思わないが,ケチな部分もあるが,手許に置くのはちょっと辛いところがある。八幡書店による紹介文を次のようにアマゾンからコピペさせて頂いた。 八幡書店による紹介文 引用開始———————————————— 大石凝真素美の言語論、宇宙論、進化論をふくむ壮大な霊学体系と、その神秘的な学説は、本田親徳の鎮魂帰神学とならび、古神道復興と神道霊学成立の二大源流に位置づけられる。 王仁三郎は大石凝と直接的な交流があったし、天行居の友清歓真、神政龍神会の矢野祐太郎、生長の家の谷口雅春、日月神示の岡本天明、世界救世教の岡田茂吉、真光文明教団の岡田光玉などの多くの神道系宗教家や、合気道の植芝盛平の教説のうちに、その影響を確認することができる。 大石凝の霊著は、大正年間に大本機関誌『神霊界』に一部が発表、水野満年によって私家版の全集も刊行されたが、稀書中の稀書として容易に得難く、昭和56年にようやく当社より復刻。しかし、これまた品切れとなりすでに20年を経過、各方面より再刊の要望が寄せられてきた。そこで今回は、旧全集収録の著述に加え、これまで未公開の著述をも収録し、すべて新たに組み直し、もって学術的にも永久に残る資料として完璧を期することにした。 【第1巻】 天地はえ貫の極典 題名の示す如く宇宙創造の秘奥を伝える書であり、以下に収録する著述の総論的部分にも相当する。また神道系諸教団に影響を与えた の思想が展開されていることも注目される。 三種神器の御謂礼 冷泉家、三條家等に伝わる古今集の御伝授以前に、その淵源となった万葉集の御伝授があったこと、その秘解による三種の神器の意義、大和三山との密接な関係を開示する。 仏説観弥勒下生経 弥勒とは至真の大度衡を以て億兆を測量して、その極点を勒し持て品行する大神人であるとし、本書をもってその下生の過程を明示せる現代の予言書となす。 弥勒出現成就経 弥勒として喝仰される救世の大神人出現を古事記、仏典等を広く渉猟し独自の霊学的解釈を打ち出した玄妙の書。以上二書は日本のミロク思想の系譜上最も注目される書である。 天津璽の瑞の御宝図 幅装軸の記、瑞組木倭文字神鏡図 幅装軸の記、近江国甲賀望月の由緒、近江国地名実字考、比叡山黄金樋の事、大神宮炎上前兆予定、真仮名法華経之序書、三種神器の由来、日本国の古事記真解説、蓬莱山五千人智識器量測量表、至真大道大度衡発見表、履歴大略予御届書、他 【第2巻】 天津神算木之極典 書名の通り天津金木の運用の秘法を公開する。天津金木とは形体無きものを象徴的に顕示し、その顕相の証徴するところを瞑想することによって宇宙創造の秘機を悟り、更には天地を動かすばかりの神秘力を得ると伝えられるもので、この書においては真訓を施した古事記に則って天津金木を置き足らわし、実に眼に物みせてくれるのである。 大日本言霊 言霊の象を至大天球の御樋代として六角切り子の玉、十八稜図の形をもって顕わす。本書の研究により森羅万象の彦霊紋理の玄理を究め、神真の大造化に関与しうるとする。 【第3巻】 真訓古事記 上巻/中巻/下巻 古事記は種々の観点から研究しうるとし、その研究分野を大別して八通りに分類【(1)歴史学(2)天文学(3)地文学(4)暦術学(5)人類成立の極元学(6)日本語学(7)天造之神算木の極典学(8)世界之大通義】し、独特の奇想天外から来るともいうべき解釈を縦横無尽に展開する雄篇。また、太古より伝来したとされる言霊図表「真素美之鏡」の玄義がここに初めて明らかにされる。八幡書店による紹介文 引用終了———————————————— 2 国会図書館デジタルコレクションから  三平さんから教えて頂いた国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/で,「大石凝翁全集」で検索した結果が次のようである。 1 大石凝翁全集. 第三輯 大石凝真素美 著 (国華教育社, 1924)2 大石凝翁全集. 11 (真訓古事記 上巻之3) 図書 大石凝真素美 著 (国華教育社, 1925)3 大石凝翁全集. 4 (大日本言霊) 図書 大石凝真素美 著 (国華教育社, 1924)4 大石凝翁全集. 10 (真訓古事記 上巻之2) 図書 大石凝真素美 著 (国華教育社, 1925)5 大石凝翁全集. 12 (真訓古事記 上巻之3) 図書 大石凝真素美 著 (国華教育社, 1925)  全部,印刷/PDF出力して,プリントアウトした経験を踏まえて,次に示したいが,まずは書誌から。最初の1については詳細を示す。なお,PDFでダウンロードする際,1回当たり50枚が限度なので,これより多い場合,分割する必要がある。 プリンターで印刷する際には,デフォールトでも問題無い場合もあるが,基本的には精細かつ白黒2値で印刷しないと薄くて読めないので,テスト印刷して,どのような品質で印刷するのが妥当か,検討する必要がある。 1 大石凝翁全集. 第3輯 図書 大石凝真素美 著 (国華教育社, 1924)タイトルよみ:オオイシゴリ オウ ゼンシュウ巻次、部編番号: 第3輯内容: 仏説観弥勒下生経 下巻, 41p.; 弥勒出顕成就経, pp. 1-95.著者:大石凝真素美 著著者標目よみ: オオイシゴリ, マスミ出版地:名古屋, 出版者:国華教育社出版者よみ:コッカ キョウイクシャ出版年月日:大正13, 1924https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/925432NDL請求記号 (callNumber):特273-180注意: ダウンロードしてそのまま印刷すると読めないほど薄いので,印刷時に注意する必要が’ある。 2 大石凝翁全集. 11 (真訓古事記 上巻之三) 図書 大石凝真素美 著 (国華教育社, 1925)ページ範囲: pp. […]

国魂 charisma or divine spirit of the country

 『霊界物語』の中核の一つは,人類史を国魂の観点から捉えていることにある。そのために,これに関連した父の論文をできるだけ早く入力,英訳する必要があると考える。これを考える上で,父の論文以外に次の情報が重要である。 折口信夫, 古代人の思考の基礎大正から昭和にかけて民俗学、国文学、国学の研究者として活躍した折口信夫の論説。「古代研究」第一部 民俗学篇第二[大岡山書店、1930(昭和5)年]の一編をなす。初出は「民俗学」[1929(昭和4)年、1930(昭和5)年]。古代の貴族の生活が、神道の基礎になっており、古代精神の起って来るところを研究し、古代の論理を尋ねることで、日本の国民性の起りを考察する。 https://www.aozora.gr.jp/cards/000933/files/18397_22466.html 津城寛文, 1990. 折口信夫の鎮魂論 : 研究史的位相と歌人の身体感覚. https://tsukuba.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=41701&file_id=17&file_no=1 王仁三郎ドット・ジェイピー(オニド),霊界物語の「玉」. https://www.onisavulo.jp/modules/ond/index.php?content_id=222  国魂の英訳は難しい。折口の上述の論文からすると上のような訳語が考えられ,王仁三郎の世界の出発点的な理解である。玉は国構えを追加すると,国,になるとは父から聞いたことである。  後に,父の論文を紹介したいと思っている。Jul. 29, 2020

木庭次守と,聖師の昇天 Tsugimori, and the ascension of Onisaburo

下記の木庭(2002)のpp. 429-430を次に掲載する。・木庭次守編,2002. 『出口王仁三郎玉言集 新月のかけ』下巻,八幡書店,454p.+見出し索引18p. ○大本の火継の神事 更に御昇天の昭和二十三年一月十九日の翌日より、瑞祥館で十日間にわたり、聖師の聖体の近くで聖師著の讃美歌を唱え、『霊界物語』を拝読し徹夜してお通夜に仕えまつり、いよいよ一月三十日午後十二時より天恩郷を出発することとなる。 聖師の霊爾は天恩郷の瑞祥館から亀岡の町はずれまでは二代教主が更生車にのって抱いてお供された。そこから綾部梅松苑まで出口宇知麿氏がお供された。(行列の順序は、御神燈、霊爾、御柩、お供) 木庭は瑞祥舘の聖師の霊爾の前に供えられた燈火、カワラケに種油で燈芯にとぼされたお燈火をそのままで錻力でつくられた容器に入れて捧げ持ち、も一つは火縄(火縄は大本開祖より出口王仁三郎聖師への火継に用いられたものを使用)にとぼして歩いて先供として先駆する御用である。天佑で珍しく雪の少ない丹波高原を、聖師の御柩をのせた、飛行機の車輪二つをつけて造られたにわか造りの車を、若い人達が引いて行く、その先登に立って歩くのである。雲の模様の布をかけて、金塗雲車かとフト思いつつ。三の宮で一時間ほど休息。予定より三時間も早く綾部へ着く様子なので。二百余名の大本の宣伝使と信者が無事におともして、夕刻早く、綾部の本宮山麓の彰徳殿に安着し、聖師の御柩を安置した。私の服装は昭和青年会服に、熊本県立師範学校時代に着用していた外套を着し、足は地下足袋に手造りの草鞋をはいて、ゲートルを巻いて十五里を徒歩で先どもをさせて頂いた。 二月二日の葬祭には、綾部の総本苑から電話ありて着物を着て来るようにとのことで、有合わせの紋服に下駄をはいて奉仕した。彰徳殿の葬祭に参拝して、竹製の炬火に霊前の燈火をうつしてささげて、天王平の奥都城まで再び先駆を仕え、墓前の埋葬祭に奉仕した。炬火をささげもちてかけ足で彰徳殿に持ち帰り、火継ぎの神事の御用に用意された、素焼の釜に炊飯の準備された下におかれた素焼の七輪のかまどに炬火の竹を差し入れて、神事の一端に仕えまつることが出来た。実に有難き極みである。この神事により出口聖師より二代の出口すみ子刀自に道統が惟神のまにまに継承された。 火継ぎの神事とは、大本の道統の継承者と神定される人が、出口なお大本開祖の血統と出口王仁三郎教祖の血統で、出口の姓を名のる女性が、開祖、教祖、教主の霊前に供えられ、墓前祭で炬火として捧げられし燈火によって、炊きあげられし御飯を食べることによって、大本の教主と神定められる神事である。『大本神諭』に示された「お世継」「御用継」の神定の神事である。ああ惟神霊幸倍坐世。 (昭和二十三年二月二日)  上記の二月二日の葬祭での,「綾部の総本苑から電話ありて着物を着て来るようにとのことで、有合わせの紋服に下駄をはいて奉仕した。彰徳殿の葬祭に参拝して、竹製の炬火に霊前の燈火をうつしてささげて、天王平の奥都城まで再び先駆を仕え、墓前の埋葬祭に奉仕した」際の写真である。この写真には,数日前に出会った。 出口王仁三郎聖師記念写真集p.32の,「順路 炬火を捧持して」である。 https://www.onisavulo.jp/modules/ond/index.php?content_id=15  木庭次守は76歳7ヶ月での昇天で早すぎると感じていたが,不遜ながら,聖師は76歳5ヶ月で,王仁三郎一辺倒だった父は今頃「不思議だなあ」とつぶやいているかもしれない。May 28, 2020記