出口和明編『考証出口なお伝』  Deguchi-Nao-den edited by Deguchi Yasuaki

はじめに

 この四月十日,タニハの倉庫の整理中,一つの段ボール箱にまとまって入っていた出口和明(でぐちやすあき)さんの原稿と校正に出会った。隣接の段ボールには,父作成のかなり風化した二代様伝原稿も出てきた。さらに,昭和二十六年に発行された「霊界物語抄四」一冊も。

 この三種の資料について,出会った当初は深い繋がりを感じることができなかったが,今は理解できる。

愛善苑に寄付する Apr. 12, 2024

 四月十日夕刻に発見した和明さん関係の資料を新しい段ボールに移し替えた際に,和明さんの原稿そのもののあることに気付き,すぐに愛善苑のみいづ舎編集長の山口さんに電話し,後に持参することを伝えた。発見後,30分ほのことである。そして昨日の十二日,愛善苑に持参した。

 その後,山口さんの事務所で種々,ご教示頂き,ぼくの疑問に関連するみいづ舎の出版物も入手できた。ぼくの覚え書きとして,和明さんの個々の資料の表紙または冒頭ページなどを撮影した。それが以下である。冒頭の花は昨日十二日のタニハ玄関のコバノミツバツツジである。

図1 玄関に咲いたコバノミツバツツジApr. 12, 2024
図2 ほどよい枝振り

さて,図3,4に,愛善荘に渡すべくカローラに積み込んだ資料である。

図3 段ボールをカローラに
図4 中味

 図5〜8は原稿を二冊並べて,ページを3回ほどめくった結果である。図9,10は,差し紙がある場所の2箇所ずつを撮影した。

図5 和明さんの原稿表紙
図6 表紙をめくって
図7 さらにめくって
図8 さらに
図9 差し紙の箇所を適当に
図10 同

 以下,校正過程の産物である。図11では,和明氏によって,『大本開祖伝』とあり,『考証 出口なお伝』の簡略名として使用されているようだ。ただ,この表現は他の関連資料との間に混乱を与える。記述済み用紙をまとめるためのカバーには,図11のように明記されている場合もあるが,無記名のものが多く,図13以下のように,カバーをめくった最初のページを撮影した。不用意にも,ぼくは整理せずに,とりあえず撮影した。図13〜29は順不同だ。これらの写真から資料の冊数だけはわかる。

 このコンテンツを作成していて,詳細なリストを作成すべきだったかとは思うが,愛善苑に任せればよいだろう。

図11 大本開祖伝 Pages. 1 to 155
図12 章または節タイトル
図13 順不同 「激動の世界」から
図14 順不同 p.204 – 「自殺を計る」から
図15 順不同 p. 300 – 「まからず屋」から
図16 このカバーには出口三平用とある
図17 図12のダブルコピーが貼ってある
図18 順不同 p. 600 – 「秋豆三十粒」から
図19 p. 431 –
図20 順不同 p. 410 – 「百日の病床」から
図21 順不同 p. 500 – 「土産のお土」から
図22 順不同 p. 650 –
図23 「図13 順不同 「激動の世界」から」と同じか?
図24 順不同 p. 156 -「すみの誕生」から
図25 図17の続き
図26 順不同 p. 93 -「初の糸引き」から
図27 順不同 p. 202 – 「婿さん候補」から
図28 「第一章 紙が隠した仕組の磁場」
図29 図28の最後にあった系図か
図30 八幡書店刊 『いり豆の花』
図31 図30の奥付

 この資料の中に,図32がある。この中は残念ながら見ていない。おそらく,この校了にあたる印刷物ではないか。資料として,『瑞月校閲 大本教祖伝(開祖の巻)』,が使われたことが明記されている。『瑞月校閲 大本教祖伝(開祖の巻)』もタニハの倉庫から取り出したように思う。

図32 校了か
図33 タニハから帰る際に

おわりに

 『大本開祖伝ー出口なおの生涯ーが,大本の天声社から2024年2月に出版されたようである。何度目かの出版であろうが,元本情報がこのWeb情報にはない。聖師校閲のものだろうとは思う。和明さんのものであれば,この表紙に著者名が明記される筈であるから。このタイトルは,『出口なおの生涯』とするか,『出口王仁三郎校閲 大本開祖伝』などとした方がいいだろうとは思うが,著者名が抜けているのは奇妙なことである。

 なお,この出口和明編『考証 出口なお伝』に隣接した段ボールかにあった父の二代苑主伝については,新たなページを用意した。

以上,Apr. 13, 2024記。